● プロローグ
「……お願い……」
闇の中から声が聞こえる。
かすかな女性の声が。
「……たすけてください……」
遠くから、とてもとても遠くから。
その声は消え入りそうなほど小さな声だった。だが、その言葉は明瞭な響きを
持っていた。
「……姫様を……」
声は繰り返している。
「お願いします、姫様を……姫様を助けてください……」
(アイリス……さん……?)
聞き覚えのある声だった。
(何があったんだ?教えてくれ、レミットに何かあったのか?)
しかし、いくら問いかけようとしても、声が出ない。
闇の中に目を凝らしても、アイリスの姿はおろか、何も見えなかった。ただ、
深い闇があたりを包んでいた。
(助けてって、いったい……)
声が次第に小さくなる。消えていく声に向かって、声にならない声で叫んだ。
(何があったんだ!アイリスさん!)
「……」
(アイリスさん!)
次の瞬間、鋭い光がリュウイチの目を射した。思わずうめき声が出る。
目を開けると、そこはリュウイチの部屋だった。
鋭い光は、ちょうど昇りかけている朝日だった。カーテンを閉めずに寝てしまっ
たらしい。
六畳一間のアパートは、雑誌やらカップラーメンの器やらで散らかり放題になっ
ている。
汗でじっとりと濡れたTシャツを脱ぎ捨てると、リュウイチは布団の上に上半
身裸で座り込んだ。
「なんだって今頃……」
そのままバタンと仰向けになると、リュウイチは顔を両手で覆った。
目を閉じると、向こうの世界のことが思い出された。剣の重さ、魔法の感覚、
旅の先々の風景、そして……レミットの姿。帰還の前、最後の夜にリュウイチの
部屋を訪ねてきてくれた、あの姿……
「レミット……今、お前は何してる……?」
● #1 碧の月
六月三日。天気は快晴。
昼下がりのパーリアの街を、初夏のさわやかな風が吹き抜けていく。
六月の別名、「碧の月」という名が自然と頭に浮かぶ。
その名にふさわしい紺碧の空には、丸くちいさな雲がいくつか浮かんでいる。
ずっと遠くの空まで見通せるくらい、青く青く透き通った空だ。
そんな空の下を、吹く風に髪を揺らしながら、一人の少女と、メイド服の女性
が並んで歩いている。
「ねえアイリス、一休みしようよ」
少女は甘えた声で言った。
「そうですね、姫様。では、あそこのパーラーなんかどうでしょう?」
「うんっ」
姫様と呼ばれているのは、いまだ幼さの残る少女だ。肩より少し長いブロンド
の髪と、リボンのついたドレスが目を引く。その少女は名をレミット=マリエー
ナといい、辺境の国、マリエーナ王国の第三王女である。
一方のアイリスと呼ばれたのは、レミットに仕える侍女で、フルネームはアイ
リス=ミール。整った顔立ちに微笑みを絶やさない。
アイリスの指さしたパーラーは小さな店だったが、なかなか盛況のようだ。オ
ープンテラスから女の子の楽しげな声が漏れてくる。店内も女の子たちでいっぱ
いだった。
「姫様、ここのフルーツパフェ、とってもおいしいって評判なんですよ。ご存じ
でした?」
「え?う、ううん……知らない……」
あわてて取り繕うように答えたレミットに、アイリスは小首を傾げながら聞い
た。
「あ、もしかして最初からここに入りたくて……?」
あわてたように首を振るレミット。
「いいじゃない、別に。もおっ、アイリスったら気にしすぎよ」
そんなレミットを見て、アイリスはくすっと笑った。
「そうですわね。では入りましょう」
アイリスがドアを押し開けると、ドアベルが涼しげにチリンと鳴った。
「いらっしゃいませー」
入るなり、ウェイトレスの元気な声が二人を迎えた。そのウェイトレスは、レ
ミットとアイリスのの見知った顔だった。少女の名は紅若葉といった。
若葉は、あいかわらず大きなピンクのリボンをしている。以前はずいぶんとド
ジなところを見せていたのだが、なかなかどうして今ではウェイトレス姿が板に
付いている。
「こんにちは、レミットさん、アイリスさん」
「こんにちは」
「ねえ、若葉。わたし、外のテラスの席がいいな」
「テラスですね。どうぞ」
若葉に案内され、テーブルを縫うようにしながらテラスへと向かう。
丁寧に入れられた紅茶の香りとフルーツのみずみずしい香りが、レミットとア
イリスの鼻をくすぐる。
二人は空いていたテラスの角にあたるテーブルに腰を落ち着けると、メニュー
に軽く目を通した。ほとんどポーズのようなものだ。
「わたし、フルーツパフェね」
「私はオレンジジュースをお願いします」
「えぇぇ!?なんでぇ?」
レミットはアイリスのそのオーダーに思わず声を上げた。
「アイリスもパフェ食べればいいのに。さっき評判いいって言ってたじゃない。
アイリスも気になってるんでしょ?ねぇねぇ、食べたいんでしょ?」
「いえ、そんな。姫様と同じものをだなんて……」
そう言うとアイリスはうつむいてしまった。
ばつのわるそうな顔で下を向くアイリスに、レミットはぷうっと頬を膨らませ
た。
「アイリス、そんなの気にしなくていいの。若葉、フルーツパフェ二つね。あと、
食後に紅茶もね。葉はまかせるわ」
レミットはさっさと注文してしまった。アイリスが何か言いかけたが、若葉が
それをさえぎるように確認した。
「はい、レミットさん。フルーツパフェと紅茶をお二つずつですね」
エプロンドレスの裾をふわりとひるがえすと、若葉はたたたっとカウンターの
方に戻っていった。
オーダーを入れる若葉の声が中の方から小さく聞こえる。
パフェを待つあいだ、二人はとりとめのない話をしながら街を見ていた。
いつも二人で過ごしている何もない日常の中からも、なにげないきっかけから
話すことがいろいろと出てくるものだ。
今日のきっかけ、それは若葉だった。
レミットとアイリスは、若葉とともに旅をしたことがあった。
若葉と旅をしている間のさまざまな想い出から、三人に共通の友人たちの現在
についてのうわさ話へと話題が移っていく。
しだいに話題が今夜の晩御飯のメニューや古くなった食器といった、所帯じみ
たものへと変わっていく。日常こそがすべての源泉であり、そして日常というも
のを愛するアイリスも、こんな天気のいい日はちょっと浮き世を忘れてみたいと
いう誘惑に駆られていた。しかし共通の話題はどうしても日常へと二人を引き込
んでいく。
どうしようもなく所帯じみた話になりそうになったそのとき、若葉の明るい声
が響いた。
「お待たせしましたぁ」
若葉がフルーツパフェを二つ、お盆に載せて運んできたのだった。
「ごゆっくりどうぞ」
「ありがと」
若葉が中に引っ込むと、レミットはスプーンを手に取った。
「さ、食べよ。アイリス」
レミットはにこにこしながらパフェを口に運んだ。
「んーーー、おっいしーい!ね、アイリス」
ふと見れば、アイリスはうつむいて手を膝に置いたままだ。レミットはちょっ
と心配になって訊ねた。
「どうしたの、アイリス。もしかして……パフェ、きらいだった?」
アイリスはレミットのその言葉にぶんぶんと首を振った。
「いえ、その……ありがとうございます、姫様」
「や、やだ。そんなにあらたまらないでよ」
「……はいっ」
アイリスは一瞬ためらった後、ようやくスプーンを手に取りパフェを口に運ん
だ。噂にたがわず、そのパフェはとてもおいしいものだった。柔らかくホイップ
されたクリームの甘みはぎりぎりのところに抑えられていて、フルーツの味をひ
きたてている。そして何よりも新鮮なフルーツそのものの味が極上なのだ。
そしてふたりは、甘い甘いパフェを終始にこにこしながら平らげたのだった。
パフェを食べおえて紅茶を待つ間、レミットはパフェの柄の長いスプーンをぷ
らぷらと振り回しながら誰にともなく言った。
「つまんなーい」
最近のレミットの口癖だ。
レミットは、リュウイチがいなくなってからこのかた、何かにつけてこのセリ
フを口にしていた。
かつて異世界から迷い込んだ青年がいた。彼の名はリュウイチ。
リュウイチは、パーリアの街で仲間を集めると、およそ一年にわたる旅の果て
にすべての魔宝を手に入れ、そしてその魔宝の力を借りて自分の世界へと帰って
いった。
魔宝とは、それを持つものの願いを何でも叶えてくれるという伝説のアイテム
である。レミットは、ふとしたきっかけからこの魔宝探索行に関わることになっ
たのだが、結局のところ魔宝はリュウイチの帰還のためにのみ発動し、レミット
に残されたのは一年間の旅の想い出と、旅をともにした仲間たちだけだった。
レミットは探索行の後、仲間たちと一緒にパーリアの街に戻り、そのまま居着
いてしまったのである。
仮にも一国の王女という身分からすれば、ずいぶんと変な話に聞こえるかもし
れない。しかし、レミットは女であるために王位継承順位がきわめて低く、王の
娘であるという点以外は、ごくありきたりな貴族の娘といった立場なのである。
さらにはマリエーナ王国が辺境の小国であり、十四歳という多感で好奇心旺盛な
年頃のレミットにとっては、退屈な王宮生活より、活気にあふれた小さな町の庶
民の暮らしがよほど楽しく感じられたのだ。そんな娘の気持ちを知ってか、彼女
の父であるマリエーナの王もレミットの好きにさせていたのだった。
「ねえ、アイリスもそう思うでしょ?つまんないなぁって。ね?」
普段なら言うだけ言って話題を変えてくるところだが、今日のレミットの『つ
まんなーい』は、いつにもましてしつこい。
アイリスは、内心にくすぶる平穏すぎる日常への退屈を押し隠してレミットを
なだめた。
「姫様、そんなことおっしゃらずに。またきっと楽しいことがありますよ」
「うそっ!、もうないわよ、あんな、あんな……」
「姫様……」
アイリスもそれ以上の言葉を口にするのがはばかられたのか、言いかけて止め
てしまった。少し重い沈黙がテーブルに流れる。
次ぐべき言葉の見つからないまま、ふたりは押し黙っていた。
そのときだった。
「またアイリスを困らせてるのね、レミットちゃん」
不意に声をかけられてレミットが振り返ると、そこには活動的な服装に身を包
んだ女性が立っていた。
「カレン!」
「カレンさん!」
声をかけたのはカレン=レカキス。前の旅でレミットとパーティを組んだ仲だ。
「あ、いえ、そんな、困ってなんて……ねえ、姫様」
ふたたび妙な沈黙が支配しそうになる。
カレンはそんな空気を振り払うように明るく言った。
「ねえ、天気もいいしさ、これからみんなで湖の方に行こうかって話になってる
んだけど、レミットちゃんとアイリスもどう?」
その話に、アイリスはぱっと明るい顔になった。
「まあ、それはいいアイデアですね」
「うん、ピクニックなんて久しぶりだもんね」
「そんな大げさなもんじゃないわよ。ただ湖に行って、ぼーっとしましょってい
うだけなんだけどね」
カレンは空いている椅子に腰を下ろすと、オーダーを取りに来た若葉に紅茶を
注文した。
「ここで待ち合わせなのよ。ウェンディとティナ、あとキャラットちゃんとセロ
ちゃんも一緒に行くの」
それからしばらくして懐かしい顔が集まり、ひとしきりパーラーの前で話し込
んでいたがカレンの一声で少女たちは湖への道に歩を進め始めた。
なだらかな丘の向こうにその湖はあった。
道すがら、いろいろな話が出たが、アイリスはレミットのことが少しに気にな
っていた。これで少しでも気晴らしになればとも思ったが、歩きながらアイリス
自身も半年前の旅の記憶をよみがえらせていた。
(逆効果かもしれませんね……)
とはいえ、雑踏を離れて空の下を歩くというのはそれ自体とても気持ちのよい
ことで、アイリスもレミットも、そして他の少女たちも、特に訳もなく笑顔を浮
かべながら歩いていた。
小一時間ほど歩いただろうか、人影もほとんどないその湖の畔は、小鳥のさえ
ずりと風があたりの木々の葉をゆらす音で少女らを迎えた。
キャラットとセロは膝まで水につかりながらはしゃいでいる。アイリスとレミ
ットは、何をするでもなくただ湖を見つめていた。めいめい、ティナとウェンデ
ィの用意してきたサンドイッチとお菓子をつまみながら、町中で感じたのとはま
たひと味違う初夏の風に身をゆだねていた。
やがて、湖を真っ赤に染めながら、山の向こうに陽が沈む。
かつて旅をしたイルム・ザーンは、陽が沈むあの方向、遠い遠い西の果てにあ
る。レミットは、みんなから少し離れたところに一人腰を下ろしていた。
「リュウイチ……」
「どうしたの、レミットちゃん。恋わずらい、かな?」
いつのまにか側にいたカレンが、いたずらっぽく聞いた。
「バカッ、そんなんじゃないわよ!」
レミットの頬が夕日のせいか、赤く染まって見えた。
そして、ふっと言葉を切るとうつむいた。
「そんなんじゃ、ないの……ただ……」
言いかけてレミットは西の地平を見た。
陽が今にも沈もうとしている。
大きくて赤い太陽が、山の稜線にゆらゆらと揺れて見える。
(ただ、あいつ、どうしてるかなって、さ……)
レミットだけではない。
口には出さなくても、誰もが思っていることだった。
地の果てとも思えるほど遠い彼の地、閉鎖遺跡イルム・ザーンへの旅をした記
憶、そしてそのきっかけとなった青年、リュウイチの想い出はそれぞれの胸に刻
み込まれていたのだ。
たいくつな日常。表面上は皆、彼の来る前の生活に戻っていった。
ここにいる少女たちを巻き込んで、どたばたの大騒動の末、彼はこの世界から
消えてしまったのだ。みんなで撮った一枚の写真、旅の記憶、そしてたいくつな
日常だけを残して……
§ § §
碧の月、二十九日。小雨。
パーリアの町外れの一軒家。その一室で、正装した老執事がレミットの前にひ
ざまずいている。
きちんと整えられた口ひげ、ぴんと折り目の付いた服、見るからに几帳面そう
なその執事の口調は、ちょっと疲れたような感じだった。
「さあ、今日こそ国へお帰りいただきますぞ、レミット様」
「いやよ。ぜーったいに帰らないからね」
「じいを困らせないでくださいませ」
老執事は、いかにも困ったという表情で顔を上げた。
「ふーんだ。別にあたしが困らせてるんじゃないもん。じいが勝手に困ってるだ
けだわ」
「姫……」
「あたしは帰らないから、じいたちだけでさっさと国に帰りなさい」
マリエーナ王国からの使者がこのパーリアに到着したのは二日前のことだった。
使者として任ぜられたのは、レミットを幼少の頃から世話していた老執事であっ
た。彼は、レミットをただちに国に連れ戻すように、との王の命令を受けてい
たのである。
「とにかく、なんとしてもお帰りいただきますぞ、姫様」
レミットは腕組みしながらつーんとそっぽを向いた。
「いやったらイヤなの」
「……私は出発の準備がありますので、これにて失礼」
老執事がそう言い残して部屋を退くと、かわって衣装係の女たちが部屋に入っ
てきた。
「失礼します、姫様。寸法を採らせていただきますわね」
言いながら、女たちは巻き尺を手にレミットのまわりに立った。
「新しいドレスなどいらぬ。下がれ」
レミットは、普段のような少女らしい口調ではなく、身分相応の口調で女たち
に言った。身分の上下が定まった関係においては当然のことだ。
しかし衣装係はレミットの言葉をニコニコしながら受け流すと、袖丈やウエス
トなどを測り始めた。
「下がれと言うておる」
レミットは、女たちのうっとうしさに少し声を荒げた。
「そうおっしゃらずに。きっとお気に召しますわ、なにせ今度のドレスはレミッ
ト様のお輿入……あ!」
「わたしが……何じゃ?」
「いえ、なんでもございません……あ、そう、姫様!しばらくお目にかからない
間に、胸が大きくなられましたね」
「そ、そうかしら?きゃっ!」
レミットがぽっと頬を染めているすきに女たちはレミットの体に巻き尺を当て
た。
「ずるい……」
レミットは、今度こそ本気で腹を立てた。ただでさえ身体の変化が気になる年
頃である。そこを不意打ちされたのだからレミットならずともむっとして当然だ
ろう。
が、女たちはそんなレミットに臆する様子もなく応えた。
「姫様、お胸が大きくなられたのは本当でございますよ。では、すぐに仮縫いに
かかりますゆえ、われらはこれで失礼します」
女たちは、つっとスカートの裾をつまんで一礼すると、部屋からしずしずと出
ていった。
一方のレミットは、結局寸法を採られてしまったことに腹を立てていた。そし
て、頬をぷっと膨らませながら、髪をとかすためのブラシや、宝石箱、椅子など
手当たり次第に女たちの出ていった扉に投げつけた。
「ばかっ!」
宝石が床に散乱する。
「ばかばかっ!」
椅子が低く鈍い音を立てて扉にぶつかる。
ひとしきり暴れると、レミットは肩で息をしながら扉をにらみつけながら叫ん
だ。
「ぜーったい、帰らないから!!」
まだレミットの上がった息が戻らないうちに、ノックの音が響いた。
「居ないわよ!」
レミットは顔を上気させたまま叫んだ。
「おるではないか」
ノックの主の声がし、ぎいと音を立てて扉が開いた。
「レミットや。そんなに国に戻るのは嫌か?」
「おじいさま!」
部屋に入ってきたのは、レミットの祖父だった。マリエーナ王国の先王で、今
はその嫡男、つまりレミットの父に王位を譲り、隠居していたはずであった。
「ずいぶんと小さな家じゃのう。わしに言えば屋敷の一つや二つ用意させたのに
……」
「アイリスと二人だし。それに、もう慣れたから平気よ」
先王は、入り口の脇に転がったままの椅子を起こすと、深々と腰掛けた。レミ
ットは久しぶりに祖父に会えてうれしいという気持ちと、なぜ祖父がここにいる
のかという疑問でどんな顔をすればいいのか分からなかった。
「今度のことについては、すまんかったの。じゃがな、お前ももう十四。そろそ
ろ……なんじゃ、いろいろ考えねばならぬ年頃、遊びほうけておるわけにもいく
まい?」
祖父の言葉に、レミットはさっと色を変えた。
「これって、全部おじいさまの差し金なの?」
「ははっ、差し金とは穏やかじゃないのう」
「おじいさま、答えて!」
レミットは祖父をにらみつけた。
先王はレミットの視線を受け止めると、肩口の王家の紋章を撫でながらゆっく
りと口を開いた。
「マリエーナ王国を危険にさらすわけにはゆかぬのだ」
「そんなの、お父さまやお兄さまたちが守ればいいのよ」
「そうは言うがな、レミット。我が国はそう強くはない。まわりには多くの国が
ひしめいておるし、それらは安定を望む国ばかりではない。お前にもわかってい
るじゃろう」
「だからって、あたしが帰っても何にもできないわ」
その言葉に、マリエーナの先王は、しばらくのあいだじっとレミットを見つめ
ていた。祖父としての目で、そして先王としての目で。
ゆっくりと先王は口を開いた。
「レミット。お前はカシナ王国に嫁に行くのだ。それが、お前にできることだ。
そして、それはお前にしかできないことなのだ」
「嫁って……おじいさま!」
〜続く〜
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