「あなたへ」 ----------------------------------------------------------------------  六年前の冬、彼に出会った。私は彼を見た瞬間、窓の外にいる彼が私をここ から出してくれるナイトだと直感した。私は・・・恋に落ちていたのかもしれ ない。彼と出会ってすぐ、本当にそこを出ることができたが、そのとき彼はそ こにはいなかった。以来、彼に会うこともなく、自分の気持ちが本当に恋なの か確かめる術もなかったので、私はそのことを心の奥にしまいこむことにした。  三年前の春、私は三つ年下の同級生たちといっしょに八十八学園を卒業した。 看護学校での勉強は大変だったが、それでも看護婦になりたいという思いは日 増しに強まるばかりだった。私自身の三年間の入院生活があったからというだ けではないように思う。自分は看護婦にならなければならない、確信めいた ものが私の中に満ちていった。  今年の春、彼女に出会った。大きなリボンの似合うその女の子は、名を唯と いった。私は彼女とすぐに打ち解けることができた。  そして今、私はここにいる・・・     §  §  §  梅雨の中休みとでもいおうか、七月初旬にしては、めずらしく晴れ間が見え る日曜日だった。桜子は勤め先の市民病院から程近い住宅街を、おみやげの手 作りケーキを手に歩いていた。ノースリーブのワンピースが風になびいた。 「えーと、角の喫茶店・・・ここね」  桜子は、看護婦の先輩(といっても桜子が病気のため三年遅れだったので、 歳は同じなのだが)の鳴沢唯の家に初めて遊びに来たのだった。聞いたところ では、唯は早くに父親を亡くして、今は母とお兄さんとの三人暮らしだという ことだった。  桜子は玄関の前に立ち、ちょっと髪を直してからインターホンのチャイムを 鳴らした。  家の中から、かすかにチャイムの音がした。ややあってインターホンから男 の声がした。 『はい』 (お兄さん・・・かしら)  ふと、どこかで聞いたような声のような気がした。でも、どこだったか思い 出せなかった。桜子はとてもなつかしいような、少し切ないような気持ちがし たが、それがなぜかは判らなかった。 「杉本といいます。唯さん、いますか?」 『唯のお友達?ちょっと待ってね』  インターホンから流れる声を聞くうちに懐かしさと戸惑いとが桜子の胸の中 に満ちる。しかし桜子にはそれがなぜなのか、どうしても判らなかった。  すぐに鍵を開ける音がして、ドアが開いた。 「ごめんね、今、唯はちょっと出かけて・・・」 (あっ・・・!)  桜子は中から現れた男の姿を見て驚いた。六年前、入院していた病院に窓か ら見舞いに来てくれていた彼だったのだ。現実のこととは信じられなかったが、 桜子の口は知らずにその名を呼んでいた。 「りゅうのすけ君・・・」 「えっと・・・あ!さ、桜子ちゃん?」  間違いない。桜子の目の前にいるのは、りゅうのすけだった・・・     §  §  §  六年前の冬、俺は珍しく後悔した。友達の誘いを断りきれずに旅行に付き合 ったために、ある女の子との約束を破ってしまった。何度も謝ろうと思ったが、 彼女とはそれきり会うことはできなかった。病室の窓から寂しげに外を見てい た彼女を見捨てたように思えて、このことは長いあいだ俺の心にしこりとし て残り続けた。  三年前の春、俺は念願の美容師の資格をとった。ようやく自分なりのスター トラインに立つことができた、そう思った。いつか自分の店を構える、そして そのとき隣に最愛のひとがいてくれれば最高だ、そんなことをぼんやりと考え ていた。  今年の春、俺は一つの決心をした。たった一人の人のために生きていこう、 と。その人はいつも明るく輝いていた。俺は笑顔が似合う彼女がとてもいとお しかった。俺はその決心を彼女に伝えた。彼女も俺の気持ちを受け入れてくれ た。それが俺にはとてもうれしかった。  そして俺はここにいる・・・     §  §  §  りゅうのすけは驚いた。高校最後の冬休みに八十八市民病院で出会った桜子 が目の前にいるのだ。  二人は少しのあいだ見つめあったまま呆然としていたが、やがて桜子が口を 開いた。 「ここって・・・唯ちゃんの家でしょ?どうしてりゅうのすけ君が・・・」 「いや、俺んちでもあるんだけど・・・でも、どうして桜子ちゃんが唯のこと 知ってるんだ?」 「だって、同じ病院に勤めてるんだもの・・・それより、唯ちゃんのお兄さんっ て、りゅうのすけ君だったの?」  りゅうのすけはちょっと返答に困った。唯はあいかわらず、りゅうのすけの ことを『お兄ちゃん』と呼んでいたが、まさか外でもそう呼んでいるとは思い もしなかったのだ。 「唯のやつ、あれほど言ってるのに・・・あのね、桜子ちゃん、唯と俺は兄妹 じゃないんだ。話すと長くなるんだけどさ・・・」  そこまで言いかけると、目の前の桜子の表情がみるみる硬くなっていった。 「ふーん、唯ちゃん、りゅうのすけ君と一緒に住んでるんだ」  そう言った桜子の目は、こころなしか潤んでいるように見えた。確かに本当 のことなので、りゅうのすけは返す言葉もなくただ桜子を見つめていた。する と桜子はプイと顔をそむけると、踵を返して歩き出した。  りゅうのすけは焦った。せっかく再会できたというのに、あの時のことを謝 ることもできないまま、こんな形でまた桜子と会えなくなるなんて・・・。も う六年前のようなつらい思いはしたくなかった。 「ちょ、ちょっと待ってくれ、誤解してるよ」 「何が誤解よ。おじゃま様でした!」  桜子は早足で駅の方に歩いていった。りゅうのすけはサンダル履きのまま駆 け出すと、すぐに桜子の後を追った。  りゅうのすけは、すぐ隣の友美の家を過ぎたあたりで桜子に追いついた。 「ちょ、ちょっと・・・桜子ちゃん,待ってくれよ」  りゅうのすけが後ろから声をかけるが、桜子は振り返ろうともしないし返事 もしてくれない。りゅうのすけは思い切って前に出ると、桜子の前に立ちふさ がるようにした。 「なあ、俺の話を聞いてくれないか?」  りゅうのすけは桜子に事情を説明した。りゅうのすけの母親が早くに死んだ こと、唯の父親が早くに死んだこと、さらにはりゅうのすけの父親が仕事がら 不在がちなこと、唯の母親の美佐子がりゅうのすけの母がわりになってくれて いること・・・そしてりゅうのすけと唯とが、いわゆるそういう関係ではない ということ。  桜子は、説明されているあいだ、ずっとうつむいたまま黙って聞いていた。 そしてぽつりと言った。 「・・・ごめん」 「ううん、別に謝ることはないさ。ところで、唯に会いにきたんだろ?」 「うん」  りゅうのすけは桜子を連れて戻ると、リビングに案内した。リビングに入っ た桜子は、ここが唯の家であり、りゅうのすけの家でもあるということでよほ ど興味があるのだろう、まわりをきょろきょろと見回していた。りゅうのすけ はそんな桜子を見て、頬をゆるませた。 「唯のやつ、さっき『ちょっと買い物に』って出たから、もうじき戻ると思う よ。多分ジュースでも買いに行ったんだろ」  りゅうのすけは桜子をソファに座らせると、自分もその向かい側に座った。 ソファにちょこんと座っている桜子は、病院で見たときのような儚げな陰もな く、ほんとうにごく普通の女の子だった。それがりゅうのすけにはとても嬉し かった。  そして六年という時間が、桜子を可愛らしい少女から美しいという形容の似 合う女性にしていた。薄く引かれたピンクのルージュの他にはほとんど化粧を していないが、それは桜子の清楚な美しさを引き立てこそすれ決して損なって はいなかった。 「でも・・・ほんと、見違えちゃったな。あれからもう六年になるんだな」 「そうね。あの後、りゅうのすけ君とも会えないままだったわね」  桜子が微笑みながら言う。そんな桜子の笑顔がりゅうのすけには少しつらい。 「そうだな・・・あの時は、ごめんな。どうしても外せない用事が入っちゃっ て。そうこうするうちに、桜子ちゃん、病院からいなくなってるしさ。後で聞 いたら、ちょうど退院したっていうだろ・・・」  桜子も何か思い出したのか、笑顔の中にすっと寂しげな表情がよぎる。  そんな桜子にりゅうのすけは何も言えずにいた。すぐに桜子は軽く首を横に ふると、笑顔に戻った。りゅうのすけはそんな桜子が少し痛々しく思えた。 「もういいわよ。こうしてまた会えたんだし・・・ね?」  小首をかしげてみせる桜子のしぐさの可愛らしさに、りゅうのすけもつられ て笑顔に戻った。りゅうのすけの笑顔につられたのか、桜子の笑顔も明るくな ったのを見て、りゅうのすけはほっとした。無理して浮かべる微笑みより自然 な笑顔の方が何倍もうれしい。 「りゅうのすけ君、今どうしてるの?」 「俺?美容師になったんだ」 「ふーん、男の人もなれるんだ・・・」  桜子が笑いながら言う。 「おいおい」  りゅうのすけは苦笑いを浮かべた。 「まあ、数は男の方がえらく少ないけどな」 「りゅうのすけ君のことだから、女の子のお尻ばっかり追いかけてるんじゃな いの?」  いたずらっぽい瞳で桜子がりゅうのすけをうかがう。 「はは、ひどいなあ。そんなことないよ」 「じゃあ、そういうことにしておいてあげる」  桜子の言い方がいかにも面白かったので、りゅうのすけはたまらず笑い声を あげた。桜子も自分で言って自分で笑っていた。 「もう四年目かな、今の店で働くようになってから・・・」 「そうなんだ」  不意にりゅうのすけは桜子をじっと見つめた。 「なあ、桜子ちゃん、お願いがあるんだけど」 「なに?」 「髪、触っていいかな?」  唐突なりゅうのすけの言葉に、桜子は驚いたような表情をうかべた。 「あ、だから、変な意味じゃなくて・・・」  顔を赤くして慌てるりゅうのすけを見て桜子はクスッと笑いながら答えた。 「いいわよ。好きなだけ・・・触って」     §  §  §  六年前の冬、私の髪は長かった。ゆるやかにウェーブのかかった、長くやわ らかな髪だったが、あの日まで、それはただそこにあるだけだった。病室では 長い髪など何の意味もない。おとぎ話のラプンツェルのように、毎日々々何か を・・・そして誰かを期待しつつ窓の外をながめては髪を梳かしていた。  でも、りゅうのすけ君はラプンツェルの髪が下に届くようになる前に自分で 木に登ってきてくれた。そして・・・本人は気づいてないだろうけど・・・そ うすることで私に力を分けてくれた、そう信じている。  あのとき、私は窓の外のりゅうのすけ君に髪を触ってほしかったのかしら? それはもうかすかにしか覚えていない。ただ、彼を待ちながら髪を梳かす間の、 ときめきに似た気持ちは今も鮮明によみがえってくる。  それはやはり恋だったのかしら・・・     §  §  §  りゅうのすけが桜子の髪をほどいている。  桜子は背中越しにりゅうのすけの体温を感じていた。 「桜子ちゃんの髪って、柔らかくて綺麗だな」  りゅうのすけの手が、肩から少し背中にかかるくらいの髪をかきあげている のが分かる。 「ありがと」 「少し切ったんだね」  りゅうのすけの指が耳元の髪を丁寧にすくいあげている。りゅうのすけの指 の触れた耳たぶが少し熱くなる。 「うん、看護婦だから」 「でも似合ってるよ」  右手が、すうっと髪を先の方まで梳いている。 「でも、りゅうのすけ君は髪の長い娘の方が好きなんじゃない?」 「俺は髪で人を好きになったり嫌いになったりしないぜ」  指が首筋の髪をなぞる。やさしく・・・何度も・・・。指先が首筋をかすめ るたび、桜子は胸がきゅっと締めつけられるように苦しくなる。首筋から電流 が流れて躰全体をしびれさせているような感じがした。 「そうね・・・」 「でもほんと、桜子ちゃんみたいに綺麗にしてもらってる髪って好きだな」  りゅうのすけはブラシをとった。ブラッシングされながら、ふと桜子は病室 でひとり、りゅうのすけを待ちながら髪を梳かしていたことを思い出した。 「最初に会った時のこと、覚えてる?」 「ああ」 「私のこと・・・どう思った?」 「え?・・・そうだな・・・可愛い女の子だなぁって思って、それから・・・ どうして入院してるんだろうって思った」 「うん」 「それで・・・髪に・・・触ってみたいなって思った」 「髪?」 「ああ。綺麗で柔らかそうで・・・」 「ほんとに触ってみて、どう?」 「想像してたよりずっと柔らかくて、綺麗で・・・ずっとこうしていたいくら いだよ・・・」  桜子はりゅうのすけの言葉に頬が熱くなるのを感じた。 「な、なんかリクエストある?なんでもやったげるよ。あ、で、でもパーマは さすがに無理だけどさ・・・」  りゅうのすけも自分の口にした言葉に照れているのか、ちょっとどもってい るのが桜子にはおかしかった。 「そうねえ・・・じゃ、りゅうのすけ君、おだんご、してみて」 「どんなの?」 「唯ちゃんみたいなの。左右に二つ」 「ああ、いいぜ」  りゅうのすけは、手際よく髪を左右に分けると、櫛と指で器用にクルクルと まとめていった。鏡に写ったりゅうのすけを見ながら、その巧みな指の動きに 桜子は感心するばかりだった。りゅうのすけは、仕上げにダークブラウンのリ ボンを結んだ。  鏡を覗き込んで、桜子は思わず吹き出してしまった。 「似合わなーい」  りゅうのすけも同じことを考えていたのだろう、二人はしばらくのあいだ笑 い続けた。 「そうだな・・・どっちかっていうと、三つ編みなんかいいんじゃない?」  そういいながら、りゅうのすけは髪をまとめていく。まず左右に大きく二つ に分けて、クリップでパチンと止める。右の髪の束を三つに分け、それを交互 に重ねるように編んでいく。 (人にしてもらうのって・・・ちょっと気持ちいいな)  右側を三つ編みにしてリボンを結び終えたときだった。  玄関の方から足音がしたかと思うと、リビングに元気な女の子の声が響いた。 唯ではなかった。リビングに入ってきたのは桜子の知らない女の子だった。 「りゅうのすけくーん」 「あ、く、久美子・・・」  りゅうのすけの声は少し慌てているように聞こえた。久美子と呼ばれた女の 子は、一瞬、桜子とりゅうのすけの姿を見ていたが、すぐに顔をそむけ、リビ ングから駆け出していった。  りゅうのすけは、 「ごめん」 とだけいうと、久美子の後を追いかけていった。そして桜子は右半分だけ三つ 編みのまま、リビングに一人取り残されてしまった。  桜子がひとり、ぼんやりと座っていると、玄関のドアの開く音がした。 (りゅうのすけ君・・・かな?)  リビングの入口から現れたのは唯だった。桜子は唯の顔を見てようやく今日 会いに来たのがりゅうのすけではなく唯だということを思い出していた。 「唯ちゃん、おじゃましてるわよ」 「あ、桜子ちゃん、もう来てたんだ・・・ごめんね。唯、ちょっと買い物に行っ てたんだよ」 「うん、聞いたわ」 「その頭・・・お兄ちゃんね」  桜子の様子を見て、唯が笑いだした。 「よく唯も練習台させられるんだ。ところでお兄ちゃんは?」  桜子は『ごめん』といった瞬間のりゅうのすけの表情を思い出して胸が苦し くなったが、唯が目の前にいることを思い出し、つとめて明るい表情をしよう とした。 「久美子ちゃんって女の子を追っ掛けてるわ」  どうやら気づかれずに済んだらしい、唯は笑いっぱなしだ。 「お兄ちゃんったら」  笑い続ける唯に、桜子が尋ねた。 「ねえ、唯ちゃん・・・お兄さんって本当のお兄さんじゃないのね」 「え?」 「びっくりしたわ。だって唯ちゃんの家だと思ってたらりゅうのすけ君が出て くるんだもん」  唯はびっくりしたような顔をして桜子を見つめた。 「お兄ちゃんのこと、知ってるの?」 「うん・・・昔、私が入院してた頃にね、お見舞いに来てくれてたの」 「そうなんだ・・・」  唯は何も聞こうとはしなかった。それが桜子には救いだった。しかし、短い 沈黙のあと、先に口を開いたのは桜子だった。 「ねえ、唯ちゃん・・・久美子ちゃんって、どんな人?」 「お兄ちゃんの彼女だよ。お兄ちゃんといっしょに美容師してるの」  唯がさらりと言った言葉が桜子の胸に突き刺さる。しかし聞かずにはいられ なかった。  桜子は唯から久美子のことをいろいろと聞くことができた。自分や唯と同い 年だということ、二人の出会ったきっかけが六年前の冬の温泉旅行だったこと、 高校を出てすぐ彼女が実家を飛び出したこと、そしてどうやら二人は将来を誓 い合っているらしいということ・・・  胸の苦しさを隠し通すことはできそうになかった。桜子の目からは涙がとめ どなく溢れた。しかし桜子は涙を流れるにまかせていた。 (どうして?・・・こんなに切ない気持ちになるなんて・・・) 「どうしたの、桜子ちゃん・・・」  唯が心配そうに桜子に声をかけた。  桜子はそんな唯の声も聞こえないかのように、ただ涙を流し続けていた。思 いもかけず再会したりゅうのすけ、昔のままに優しい彼には可愛らしい彼女が いて、しかも将来を誓い合っているという・・・  胸の中に熱い油がたぎっているような、心臓をわしづかみにされるような苦 しさを桜子は感じていた。 (こんなにつらい思いをするくらいなら、会わない方がよかった・・・)  そう思った瞬間、桜子の中に別の声がした。本当にそうなのか?会わないで いた方がよかったのか?とその声は桜子に問い掛けていた。  桜子は首を振った。  りゅうのすけに髪を触られながら感じていたあの気持ちを失うよりは苦しい 思いを受け入れたかった。  苦しさと恋しさに引き裂かれそうになりながら、桜子はりゅうのすけのこと を考え続けていた。  やがて桜子は、かすれるような声でつぶやいた。 「・・・わたし、やっぱりりゅうのすけ君のことが好きみたい・・・」 「桜子ちゃん・・・」  唯はそれ以上何も言わなかった。  ただ沈黙だけがリビングをつつむ。その静寂を破ったのは玄関のドアの音だっ た。りゅうのすけは一人で戻ってきたようだった。 「あ、唯・・・なんだ、戻ってたのか」 「お兄ちゃん・・・久美子ちゃんは?」 「今日は帰るってさ」 「そう・・・」 「あ、桜子ちゃん、ごめんな・・・途中でほったらかしちゃって」 「・・・ううん、いいの」  桜子は涙を拭うと、顔を上げた。りゅうのすけは桜子が泣いていたのに気づ くと、心配そうに桜子を見つめた。 「あのね、りゅうのすけ君・・・わたし・・・」 「何?桜子ちゃん」 「わたし、あなたのことが好きなの」 「え?」  りゅうのすけは唐突な桜子の告白に驚いているようだった。 「でも・・・俺・・・」 「久美子さんには悪いけど、わたしもりゅうのすけ君のことが好きなの」 「でも・・・ごめん、やっぱり俺、桜子ちゃんの気持ちには応えられそうにな いよ」 「ううん、すぐにじゃなくていいわ。いつかきっと、りゅうのすけ君を振り返 らせてみせるから・・・そのときはよろしくね」  桜子は,唯がいるのも構わずりゅうのすけの首に抱きつくと、りゅうのすけ の唇を奪った。一瞬の風のような軽やかなキス。 「な・・・」 「好きよ」  そういうと、桜子は三つ編みをほどいて髪をなびかせた。窓からの初夏の日 差しを浴びて桜子の髪はキラキラと輝いていた・・・ 〜FIN〜