「秋の日に」 ---------------------------------------------------------------------- 秋の冬至温泉は紅葉に包まれていた。りゅうのすけにとって、2年ぶりに訪れ る永島旅館は何も変わってはいなかった。 「いらっしゃいませ。お泊まりですか?」 「予約してないんですが、部屋、ありますか?」 「ございますよ。お一人様ですね」 「はい」 フロントで宿帳を記入していると、不意に後ろからりゅうのすけを呼ぶ声がし た。声の主は佐知子だった。 「あら、りゅうのすけさん。お久しぶりです。その節はお世話になりました」 「佐知子さん、お久しぶりです。久美子ちゃん、元気ですか?」 「ええ。ようやくあの子も後を継ぐ気になってくれたみたいです」 「そうですか」 「それもこれも、りゅうのすけさんのおかげですわ」 「俺は何もしてないけど」 「あとはお婿さんを迎えれば私も安心なのですが・・・」 佐知子はフロントの女性と少し話すとりゅうのすけを部屋に案内した。 りゅうのすけは2年前と変わらぬ佐知子の姿に、まるで時が止まったか2年前 に逆戻りでもしたかのような気がした。佐知子に案内された部屋は高校最後の 冬に泊まったその部屋だった。     §  §  § 紅葉を見ながらの露天風呂を満喫したりゅうのすけは、部屋に戻ると大の字に 寝転がった。ひんやりとした空気が湯上がりの体を心地よく冷やしてくれる。 「お食事をお持ちしました」 ぼんやりと天井をながめていたりゅうのすけは、その声に飛び起きた。 「久美子ちゃん!」 和服に身をつつみ髪を上げた久美子は、あどけなさを残しながらも、ずいぶん おとなびて見えた。 「りゅうのすけ君、久美子に会いに来てくれたの?」 「ああ」 「お母さんに聞いたときはびっくりしちゃった」 運び込まれた膳は2人分用意されていた。 「あれ?俺、一人だけど・・・」 「もう一つは久美子の分。お母さんがね、今日はもういいからりゅうのすけ君  と食べなさいって」 「そうか」 「今日はゆっくりお話できるね、りゅうのすけ君」 「あれからもう2年か・・・」 りゅうのすけが用意された膳の前に座ると、久美子が猪口をりゅうのすけに持 たせた。酒が徳利で何本か用意されていた。 「あの・・・久美子ももらっていい?」 「ああ」 「お母さんに頼んで、いちばんおいしいのもらってきたの」 徳利を手にした久美子がぺろりと舌を出す。 「久美子、お酒って飲んだことないんだ」 「ほんとに?」 「うん」 「じゃ、ちょっとずつな」 久美子がにこにこしながらりゅうのすけの猪口を満たした。りゅうのすけも久 美子の猪口に酒を注いだ。 「じゃ、あらためて・・・再会を祝して」 軽く杯を持ち上げて、口もとに運ぶ。久美子の言うとおり、確かに上質の日本 酒だった。ほのかな果実酒のような香り、甘い舌ざわりはワインを思わせる。 久美子が少し驚いたような声をあげた。 「甘ぁい・・・ねぇ、りゅうのすけ君・・・お酒ってこんなにおいしいの?」 「いや、こんなに旨いのはけっこう珍しいけどね」 「そうなんだ」 料理を平らげ、二人は思い出話を肴に酒を飲んでいた。 りゅうのすけはこの2年間の南米暮らしの話をして聞かせた。りゅうのすけは ずっと考古学者である父親の発掘作業を手伝っていたのだ。久美子は遠い国の 話に目を輝かせながら聞き入っていた。 それから話題は初めて会った冬の思い出、その後の久美子の生活へと移った。 「・・・久美子ちゃん、旅館継ぐんだって?」 「うん。お母さんの大事にしてる旅館だから・・・」 「そうだね・・・」 「それでね、りゅうのすけ君・・・その・・・」 久美子は言いかけて止めると、しばらくうつむいたままだった。 「・・・何でもないの・・・ねえ、りゅうのすけ君、そっちに行っていい?」 「ああ」 りゅうのすけに寄り添う久美子。 「ちょっとあついね・・・」 久美子は着物のあわせを少し開く。久美子の頬が真っ赤になっている。 (酒は初めてって言ってたし・・・ちょっと飲み過ぎかもしれないな・・・) りゅうのすけは少し心配になった。 ふと見ると、久美子が潤んだ瞳でりゅうのすけを見つめていた。 「りゅうのすけくん・・・あのときあげられなかったでしょ・・・」 はだけた裾からチラリとのぞく白い足は、記憶の中の久美子の裸体を思い起こ させる。どうにかなっちまいそうだ・・・りゅうのすけは久美子の躯から目を そらすと、少し身を離した。久美子は酔っているのか顔を火照らせながら、う らめしげな目でりゅうのすけを見た。 「ねぇ・・・くみこ、そんなにみりょくない?」 「と、とっても魅力的だよ」 「うそら。りゅうのすけくんまでくみこのこところもあつかいするんら」 「子供扱いなんかしてないよ」 「してるら。くみこ、ずっとりゅうのすけくんがおとなにしてくるの、ずっと  ずっとまってたのに・・・」 ずっと待っていた・・・その言葉がりゅうのすけの胸に刺さる。りゅうのすけ もこの2年の間、久美子のことを思わない日はなかった。 「俺、久美子のこと好きだから・・・覚えててほしいんだ。その・・・最初か  ら・・・最後まで・・・」 「りゅうのすけくん・・・ふぇぇぇぇん」 久美子はふいに泣き出すとりゅうのすけの胸に顔を埋めた。りゅうのすけは、 あやすように久美子の髪をそっと撫でる。やがて久美子は静かな寝息をたては じめた。 りゅうのすけは眠る久美子の頬にそっとキスをした。 「おやすみ・・・愛してるよ・・・」 〜FIN〜