「PRELUDE」 ---------------------------------------------------------------------- 「くすぐったいよ、久美子」 「もぉ、じっとしてて」  久美子の部屋でりゅうのすけはじっと目を閉じていた。  久美子がうなじをその白く細い指で撫で上げていた。その指は愛撫するかの ようにりゅうのすけの首筋を這う。 「感じちゃうよ」 「バカね・・・これでがまんしててね」  そういうと久美子は軽くその唇をりゅうのすけの唇に重ねた。りゅうのすけ はそのまま久美子の唇を吸うと、舌を差し入れた。 「ん・・・」  久美子の唇はりゅうのすけの舌を受け入れる。二人の舌が熱くからむ。時が 止まり、久美子の熱い吐息に時折漏れる声がまじる。二人は互いを求めあった 。  やがて久美子は名残惜しそうに唇を離した。 「・・・じっとしててね」  フォームをかきまぜる軽やかな音だけが部屋のなかに響く。うなじに塗られ た少し熱めのフォームの感触がくすぐったかった。  剃刀の刃先が首筋に冷たくあたる。刃が小気味よく首筋をなぞる。時折りゅ うのすけの長い髪を久美子がかき上げる手付きも慣れたものだ。  りゅうのすけは久美子の剃刀さばきの上達をその首の感触に感じていた。 「久美子・・・上手くなったな」 「そう?ありがと」  久美子がうれしそうに答える。  剃りおえた久美子は固く絞ったタオルでりゅうのすけの首筋に残ったフォー ムを拭き取っていた。 「いつも練習台にしてごめんね」 「別にいいさ。こうして久美子といっしょにいられるんだから」 「うん」  そういうと久美子は満面に笑みをたたえた。いつの頃からか久美子の笑顔に 子供っぽさ以外の、かすかに漂う色気をりゅうのすけは感じていた。それに久 美子が気づいているかどうかは分からなかったが、いずれにせよそれは久美子 をさらに魅力的な女性にしていた。  ふたりが理容師の資格をとったその日、久美子はトレードマークの三つ編を やめた。軽くウェーブのかかった今の髪形にして半年になる。大人の表情を見 せる久美子によく似合う、りゅうのすけはあらためてそう思った。 「そういえば久美子、いつから自分のこと私っていうようになったんだ?」 「りゅうのすけ君が久美子って呼んでくれるから・・・」  久美子が少し頬を赤らめながらつぶやいた。りゅうのすけはそんな久美子が たまらなくいとおしい。今や久美子のいない生活、いや人生を想像することす らできない。何者をもってしても代えることのできないりゅうのすけの半身、 それが久美子なのだ。  りゅうのすけはずっと想いつづけてきたことを久美子に告げる時がきたのだ と思った。 「なあ、久美子・・・」 「何?」  片付ける手を止めて久美子が振り返る。りゅうのすけの真剣な表情に驚いた のか久美子は身じろぎひとつしない。 「ずっと考えていたんだ」 「うん」  久美子は手にしていたタオルをぎゅっと握りしめていた。 「久美子、いっしょに暮らそう・・・これからずっと・・・」  そこまで言うとりゅうのすけはじっと久美子を見つめた。久美子は答える代 わりにいたずらっぽい笑みを浮かべた。 「病めるときも?」 「ああ」 「すこやかなるときも?」 「もちろん」 「・・・死が二人をわかつまで?」 「・・・考えたくはないが・・・そうだ」 「神に誓って?」 「いや、俺は久美子に誓うよ・・・」  久美子は目に涙を浮かべながらりゅうのすけをじっと見つめていた。 「誓いのくちづけを・・・」  りゅうのすけはやさしく久美子を抱き寄せるとそっと唇を重ねた。 「久美子・・・結婚しよう」 「うん」 〜FIN〜