「Memory in Memories」 ---------------------------------------------------------------------- 朝焼けの中、友美はひとり高台から街をながめていた。 鮮やかな赤一色に染められた街を眺めながら、友美は昨夜のりゅうのすけと の一夜を思い、そしてなぜか小さい頃のことを思い出していた。 どこからともなく鈴の音が聞えてきた。最初は気がつかないくらい小さな音 だったが、それはやがてくっきりとした音色をあらわした。ひとつ、ふたつ、 数えきれないくらいの鈴の音はひとつひとつが聴き分けられるほど明瞭に、 しかしそれぞれが互いの音色に溶け合い、ひとつの音楽となって友美を包ん だ。 友美は我知らず目を閉じ、鈴の音に身をゆだねた。 どれほどの時が過ぎただろう、鈴の音はいつの間にか消えていた。 目を開けた瞬間、友美は我と我が目を疑った。目の前にあるのは建て替える 前の自分の家であり、その隣には同じく建て替える前のりゅうのすけの家が あったのだ。 「そ・・・そんな・・・」 これはなにかの間違いよ、そう思ってはみるものの目の前の風景はゆらぎも せずに友美の必死の否定を拒んでいた。 ふとどこからか女の子のすすり泣く声が聞えた。友美は泣き声のする方に歩 いていきながらえも言えぬ不安が胸の奥にわき上がるのを感じた。心の底か ら揺さぶられるような、そんな無気味さだった。 りゅうのすけの家の角を曲がったところにその女の子はいた。 背丈からすると5歳か6歳ぐらいだろう、男の子が泣いているその子を慰め ていた。 友美はその女の子を目にした途端、猛烈な吐き気をおぼえた。長いストレー トの髪、ヘアバンド、まさか・・・私・・・?目の前の光景がぐらぐらと揺 れ、友美はそのまま道路にへたりこんだ。 男の子の声はなんとか目の前の光景を否定しようとしていた友美を打ちのめ した。 「こてんぱんにしてやったぜ。ともみをいじめるやつはおれがゆるさないん だからな」 りゅうのすけ・・・くん!じゃ、この子はやっぱり私の小さい頃の・・・ 「じゃあな!」 小さいりゅうのすけは元気そうに手を振ると公園に向かって駆けていった。 その姿は記憶の中のりゅうのすけの姿そのものだった。友美は小さいりゅう のすけが角を曲がって見えなくなってもなおその方向を呆然と見つめていた。 目の前の女の子がへたりこんでいる友美をじっと見つめていた。その視線が 友美を目の前の現実に引き戻した。 「友美・・・ちゃん、水野友美ちゃんね?」「うん。おねーちゃん、わたしをしってるの?おねーちゃんは?」 「わたしも友美っていうの。奇遇ね」 友美はにっこり笑いかけるとハンカチで小さなともみの涙をそっと拭いた。 「あの男の子は?友美ちゃんのお友達?」 「うん」 「やさしそうな男の子ね」 「うん。いつもともみがないてるとね、ともみのことたすけてくれるの」 友美の脳裏に小さい頃の記憶が鮮明によみがえる。よみがえった記憶は目の 前の光景と重なりあい、かげろうのように揺れた。 「私もね、いつも泣いていて、ある男の子に助けてもらってたの。今でもそ う・・・」 「おねーちゃんも?」 「そう。ちょうど今のともみちゃんみたいに」 「ふーん。おねーさんなのに泣き虫なんだ」 ともみがくすくすと笑った。泣いてばかりじゃなかったのね・・・友美はほっ とした。ほっとして涙が止まらなくなった。 「おねーちゃん、泣いてる・・・」 「ご、ごめんなさい」 友美はハンカチで涙を押さえたが涙はとめどなく流れつづけた。しゃがみこ んだまま泣きつづける友美の髪をともみがそっと撫でた。 「そうね・・・だめよね、いつまでも泣いてちゃ・・・」 友美は涙をぬぐうとともみをじっと見つめ、言った。 「ねぇ、友美ちゃん、強くなりたい?」 よく分からないという顔でともみは友美の顔をのぞきこんだ。 「りゅうのすけ君に助けてもらわなくてもいいくらい、強くなりたい?」 「うん・・・ともみね、いつもりゅうのすけくんにたすけてもらってるの。 でもともみはなにもできないの・・・」 「そんなことないわ、友美ちゃんが強くなりたいって思えば強くなれるわ、 きっと」 「そうかなぁ」 「大丈夫よ、友美ちゃんなら。きっと強くなれる」 「うん」 友美はともみが元気にうなずくのを見て、胸の奥の何か重いものがふと消え ていくように感じた。 「私、もう行かなきゃ」 友美には行くあてもなかったが、かといって目の前の家に帰れるわけもない。 とりあえず高台に行ってみよう、何とかなるかもしれない。 「おねーちゃん、これ、あげる」 立ち上がった友美に、ともみがヘアバンドを手渡した。髪を下ろし、微笑む ともみは自分の記憶の中の姿より元気そうに見えた。 「いいの?」 「うん」 「ありがとう」 ともみが元気に手を振って家の中に入ると、ふたたび友美はひとりになった。 ふと不安に押しつぶされそうになる。友美はその不安を振り払い、駅に向かっ て歩きだした。 数歩も行かないうちに友美はいきなり圧倒的な鈴の音に包まれた。目の前が 暗くなり、足元から地面の感覚が消えうせる。無数の鈴の音色の中から鈴の 音がひとつづつ去り、そして最後のひとつがゆっくりと友美から去っていっ た。 気がつくと友美はもとの高台にいた。朝焼けの名残がまだ街をかすかに赤く 染めている。夢だったのかしら・・・そう思った友美の手には小さなヘアバ ンドがしっかりと握られていた。それは間違いなくともみのヘアバンドだっ た。 数日後、三学期の始業式の日、友美が教室に入ると雰囲気がどこか変だった。 普段あまり話したことのない洋子が友美のところにやってきていきなり肩を ぽんと叩いた。 「やるじゃないか。さすがだな。すっとしたぜ」 友美はあっけにとられた。何のことだか分からなかった。 「洋子ちゃん、何?」 洋子がぽかんとしていると、今度はみのりが友美に話しかけてきた。 「あの、友美さん、ありがとうございました」 「ねえ、みのりちゃん、話が見えないんだけど・・・」 洋子がいきなり笑いだした。 「おいおい、芳樹の野郎をぶちのめしといてそりゃないだろ」 洋子はあいかわらず笑いつづけている。 「ぶちのめ・・・」 友美があっけにとられていると、みのりが小声で言った。 「あの・・・友美さんのおかげで助かりました。あんな写真を撮られても堂 々としてる友美さんを見て、あたしも勇気を出さなきゃって」 友美は顔から火が出そうになった。なぜみのりがあの写真のことを知ってい るのだろう?でもまるで私が自分でばらしたみたいな口ぶり・・・? 遅刻ぎりぎりでりゅうのすけが唯といっしょに教室に入ってきた。りゅうの すけは友美を見るなり言った。 「友美、またヘアバンドしてるんだな・・・懐かしいな、小さい頃はずっと してたのにな」 そっか、そういうことだったのね・・・ 「そうね、でも・・・」 友美はそう言うとヘアバンドに手をかけ、そっとはずした。押さえつけられ ていた髪がふわりと舞う。 「でも・・・こっちのほうがいいわね」 そう言った友美の笑顔はともみの笑顔のように明るく輝いていた。 〜FIN〜