「RAINBOW MEMORY」 ----------------------------------------------------------------------  桜子をプールに誘ってよかった・・・りゅうのすけは夏の日差しを浴びて微 笑む桜子を見て心の底からそう思った。4年ぶりのプールを桜子はずいぶん楽 しみにしていたらしく、如月駅からプールまでずっとりゅうのすけの手を引い て歩いていた。元気に前を歩く桜子の姿がりゅうのすけにはとても嬉しかった 。  桜子の水着は鮮やかな青に白の縁取りをしたワンピースで、腰にリボンがち ょこんとついているのが何ともいえず可愛らしかった。桜子はりゅうのすけの 視線が気になるのか、少し赤くなってうつむきかげんでプールサイドを歩いて いた。 そろりと水に入った桜子がプールの中から手招きする。 「りゅうのすけくーん、こっちこっちー」 「おうっ」  りゅうのすけが勢いよく飛び込むと水しぶきが高く上がった。桜子は楽しそ うに小さな悲鳴をあげた。 「今ね、りゅうのすけくんが飛び込んだとき一瞬・・・虹が見えたの」 「じゃ、もいっかい飛び込もうか?」  桜子は笑いながら答えた。 「もういいわよ。それよりせっかくプールに来たんだし、泳ぎましょ」     §  §  §  プールからの帰り、りゅうのすけは桜子と高台に立ち寄った。医者を目指す ことにして以来なかなか桜子と会う時間がとれずにいたので、二人でゆっくり 話せる時間が欲しかったのだ。あいかわらず高台に人気はなく、辺りには蝉の 鳴声だけが響いていた。 「りゅうのすけくん、今日はごめんね、受験勉強で忙しいのに・・・」 「気にするなよ」 「でも・・・わたしのために・・・」 「俺は桜子を誘いたかったから誘ったんだ・・・それに・・・桜子の水着姿も 見たかったしな」 「・・・もう・・・」  不意に会話が途切れる。じっと見つめあう二人。桜子が何も言わないままそ っと目を閉じる。りゅうのすけは桜子のあごを軽く持ち上げると唇を寄せた。 桜子の吐息がくすぐったい。  その瞬間、つめたい感触がりゅうのすけの首筋に走ったかと思うと、突然雷 鳴が轟き、大粒の雨が二人を叩いた。不意だったこともあってか、轟音に桜子 が悲鳴をあげた。りゅうのすけは桜子と東屋に駆け込んだ。 「あーあ、びっしょりだ」 「びっくりしちゃった・・・あ・・・」  桜子はついさっきキスを求めたことを思い出したのだろう、真っ赤になって うつむいてしまった。 「りゅうのすけくんとこうしていられるなんて・・・夢みたい・・・」  少し日に焼けた桜子の笑顔を見ていると、初めて会ったときの儚げな印象が まるで夢の中のことのように思える。  りゅうのすけは桜子の手をやさしく握った。そのぬくもりは桜子が今にも消 えてしまうのではないかという不安をりゅうのすけの胸の中から静かに、しか し力強く流し去っていった。  土砂降りの夕立は、その降りはじめと同じく唐突に止み、再び夏の日差しが 辺りに照り付ける。蝉の低いうなり声があたりに戻る。 「あ・・・りゅうのすけくん、見て!」  夕立の止んだ空にはきれいな虹がかかっていた。高台から見えるその虹はち ょうど八十八町から出ているように見えた。 「知ってる?虹の根元には宝物が埋まってるんだって」  幸せそうな笑みを浮かべる桜子にりゅうのすけがつぶやく。 「ちがうよ、俺の宝物は・・・」  りゅうのすけは桜子の肩をそっと抱きよせた。  俺の宝物はここに─── 〜FIN〜