天と地のあいだのはなし

その6:迷宮と静寂の泉のはなし



 深い深い闇。
 水滴のしたたり落ちる音が時々聞こえる他には、誰もいない、何もない、闇。
 迷宮は永劫とも思える時間、その静寂と闇を保っていた。
 闇の中を好む者たちのうごめく音もない。
 ――かつて、そうした闇を好む者が住んでいた頃もあった。
 しかし、それがいったいいつの頃のことなのか、その痕跡すらもすっかり塵
になるほどの時間、闇はただ孤独に闇であり続けた……

        §    §    §

 たいまつの明かりがゆらゆらと揺れている。その光が壁にぼんやりと影を映
し出す。
 人の目は、真の闇では何も見ることができない。したがって、こうした迷宮
の中では基本的にたいまつだけが頼りとなる。
 リュウイチたち一行は、メイヤーの強い希望でこの迷宮――迷宮の名はリュ
ウイチには聞き取ることも発音することも困難だった――の探索をおこなって
いた。

「リュウイチさん、そろそろ一休みしませんか?」
「ボク、お腹空いたよ」

 ウェンディとキャラットがリュウイチに声をかけた。二人ともかなり疲れて
いるような声だった。

「うーん、そうだなぁ」

 あいまいに答えたリュウイチも、足に軽い痛みを覚えていた。たいまつを持
ち変える回数も増えている。

「ここらで一休み、かな。おーい、メイヤー、ちょっと休憩しようや」

 リュウイチは、少し先を行っているメイヤーを呼び止めた。

「え?あ、はい……」

 先を急ぎたいようで、メイヤーは不承不承といった感じで答えた。

「リュウイチったら、体力ないわねえ」

 リュウイチのリュックサックに腰掛けているフィリーが、からかうように
言った。
 フィリーは、背中に透き通った羽を持つ妖精だ。いざとなればリュックサッ
クに入れるくらいに小さいが、おしゃべりだから存在感は人並み以上だ。わざ
わざ揺れるリュックサックに座らなくても、その羽で飛べばいいようなものだ
が、どうもリュウイチの背中が気に入っているらしい。

「誰かさんが重たいからな」

 リュウイチが切り返す。

「失礼ねえ」
「あの……食事に、します?」

 ウェンディがリュウイチに訊いた。

「ん?ああ。そうだな」
「ぱぱっと食べられるものにしましょう。先を急がねば」

 メイヤーが割って入ってきた。見ると、両のこぶしをぐっと握っている。よ
ほど先を急ぎたいのか、重要なものが待っているらしい。メイヤーの振る舞い
があまりにもわかりやすいので、リュウイチは小さく吹き出した。

「そうはいっても、町を出てからここまで、ほとんど歩きづめなんだ。ちょっ
とゆっくりしようや」
「でも……」
「遺跡は逃げやしないってば。そりゃ、遺跡の中には劣化するのもあったけど
さ。ここはそうじゃないだろ?」
「そうですけど……」
「じゃあ決まりだ。ちゃんと休憩しとかないと、何かあったときにどうにもな
らないからな」

 丸い広間のような部屋に入ると、リュウイチは休憩にすることを告げた。
 ウェンディはお弁当のサンドイッチを取り出して、お茶を入れるために湯を
沸かし始めた。メイヤーは、たいまつのそばに腰を下ろして、羊皮紙の巻物を
広げている。今回の迷宮探索のきっかけになった巻物だ。
 リュウイチは荷物を下ろして両方の腕をぐるぐると回した。剣とたいまつで
ずっと両手がふさがっていたせいか、ぐきぐきと音が聞こえてきそうなくらい
に硬くなっている。リュウイチが剣の鞘を使って自分の肩を叩いていると、
キャラットが駆け寄ってきた。

「リュウイチさん、肩、こってるの?ボク肩たたきしてあげるよ」
「お、さんきゅ」

 キャラットがとんとんと肩を叩いてくれる間、リュウイチは少し離れたとこ
ろにいるメイヤーの様子をうかがっていた。メイヤーは巻物の記述を指でなぞ
りながら、何かぶつぶつとつぶやいている。
 リュウイチはキャラットの柔らかい手の感覚を肩に感じながら、ひととき自
分たちが未知の迷宮の中にいるのだという緊張感を忘れることができた。

「もうじき、この旅も終わりなんですね」

 ふいにそう声をかけられて、リュウイチは我に返った。いつの間にか隣に腰
を下ろしていたメイヤーだった。

「だといいけど。案外、イルムザーンに着いたところで、次の魔宝が……って
話になったりしてな」
「そうだったら嬉しいんですが」
「え?」
「だって……そしたらもっと旅が続けられますから。いろいろな遺跡を調べら
れますし、それに……こうやって旅をするのって結構楽しいじゃないですか。
だから……」
「そっか。そうだな」
「そうですよ」
「……そうだな、それもいいかもな」

        §    §    §

 リュウイチたち一行は、迷宮のさらに奥、つまり下へと進んでいった。
 迷宮の入り口からここまでずっと、メイヤーが地図を作成しながら進んでい
たが、それによると階を下りるにつれて次第に迷宮は狭くなっていくように見
えた。ただ、狭くなっているとはいえ、それぞれの階層はかなりの広さで、人
力でこの迷宮を作り上げたのであれば、相当な労力が費やされたであろうこと
がうかがえる。
 途中いくつかの大広間のような場所があった。先に休憩したのもそのような
広間の一つだ。この迷宮の広間はいずれもほぼ円形で、かなりの人数が入れる
ように作られていた。パーティー会場のような大広間がなぜ迷宮の中に作られ
ているのか、リュウイチには理解できなかった。
 通路の幅は、ところどころ極端に狭いところもあったが、ほとんどのところ
は三、四人が並んで歩ける程度の広さとなっている。途中の隘路はおそらく外
敵を迎え撃つための障害物として作られているのだろうというのがメイヤーの
意見であった。つまり、侵入者がそこでつかえている間に迎え撃つというわけ
だ。しかし、これまでのところ、通常の通路部分はおろか、隘路でも何事も起
きなかった。
 リュウイチはメイヤーのすぐ後ろを歩いていた。少し遅れてウェンディと
キャラットが続く。万一の場合のための隊列だったが、なんとなくリュウイチ
はメイヤーとこの迷宮に二人きりになったような気がしていた。
 たいまつの炎がゆらゆらと揺れ、そのたびにメイヤーの後ろ姿に微妙な影が
落ちる。
(旅をずっと……か)
 リュウイチがさっきのメイヤーの言葉を思い出した、そのときだった。
 カチリとどこかで音がしたかと思うと、低い音を立てて足下の床石が滑り始
めたのだ。
 その石にはリュウイチとメイヤーが乗っていた。

「どぅわぁあああぁあああ!ゆ、床が動くぅぅうう!」
「きゃあ!」

 不意のことでリュウイチもメイヤーもバランスを崩し、床にへたりこんだ。
 ようやく顔を上げたときには、少し離れて後ろを歩いていたはずのキャラッ
トとウェンディの姿は見えなくなっていた。
 あまりのスピードに松明は消えてしまっている。
 リュウイチとメイヤーは、暗闇のなかを右へ左へ前へ後ろへと引き回され続
けた。ときおり感じた頭に血が上るような感覚や耳鳴りは、おそらく下への移
動なのだろう。
 ちょっとしたジェットコースター感覚だ。
(そういや、あっちの世界の遊園地でこんな感じのがあったな……)
 リュウイチはふとそんなことを思ったが、これはアトラクションではなく、
おそらくは悪質なトラップなのだ。この先に何が待っているかを考えるとぞっ
とする。
 気休め程度かもしれないと思いながら、リュウイチは自分とメイヤーに『ア
ースシールド』の呪文を唱えた。短い詠唱ののち、閃光がふたりの体をつつむ。
唱え終わってもまだ動く床は止まる気配がないので、リュウイチは灯りをとも
す『ライト』の呪文も唱えた。
 周囲を魔法の光が照らす。
 すると、それまで暗くて見えなかった壁やら扉やらが、目と鼻の先をかすめ
るように迫ってきた。

「あ、明かり……消してくださーい」

 メイヤーがおびえたような声をあげた。確かにすぐ脇を壁が飛び去るように
過ぎるのは怖いだろう。

「こっちに来い、メイヤー」

 メイヤーはリュウイチの方に四つん這いになって近づいた。リュウイチはメ
イヤーを両腕で抱きかかえると、風を切る音に負けないように言った。

「大丈夫だ。怖かったら目をつぶってろ」
「は……はい」

 どれだけ移動しただろうか、不意に床が止まった。
 物理法則は常に有効だ。
 たとえそれが異世界であっても。
 慣性の法則がリュウイチとメイヤーを空中に浮き上がらせ、吹き飛ばした。
 とっさにリュウイチはメイヤーの頭を両腕で抱え込むようにして身を丸める。
 次の瞬間、床にたたきつけられた。二回、三回と転げ、そのたびにリュウイ
チは背中や肩をしたたかに打ちつけた。
 ようやく止まったとき、リュウイチはちょうどメイヤーの下敷きになるよう
な体勢だった。メイヤーはリュウイチの上でもぞもぞと体を動かした。
 メイヤーの長い髪がリュウイチの頬をなでる。
 メイヤーの柔らかな胸が、リュウイチの胸板の上で形を変える。
 そして目の前に……すぐ目の前にメイヤーの柔らかそうな唇が……

「あの、どうかしました?」

 メイヤーの声に、リュウイチはあわてて答えた。

「あ、いや、その、メ、メイヤー、大丈夫か?」
「ええ、なんとか」

 メイヤーはリュウイチを下敷きにしているのに気づくと、あわてて跳ね起き
た。
 特に痛がっているような表情をしないところを見ると、大丈夫らしい。
 リュウイチはしたたかに打ち付けた肩をさすりながら立ち上がると、火の消
えた松明に再び明かりをともした。アースシールドの呪文のおかげか、特に傷
は負わなかったが、左肩はずきずきと痛んだ。

「まいったな、はぐれちまった。どうやって合流すればいいんだ……」

 メイヤーはすでに、たいまつの灯り頼りに、放り出されたこの場所の調査を
始めていた。メイヤーは手を休めると、リュウイチの問いに答えた。

「まかせてください。この迷宮はファミーア様式と呼ばれるデザイン上の特徴
があるんです。ファミーアというのは当時を代表する建築家の名前でして、神
を円に、悪魔を正多角形になぞらえた、とされているんですよ」
「正多角形?角の数が増えると円に近づくと思うんだけど」

 リュウイチがそう言うと、メイヤーが我が意を得たりとばかりに言葉を継い
だ。

「そうなんですよ。そこがファミーアの狙いとするところでして、彼による悪
魔は、三角形をモチーフに描かれているのです。しかし、当時教会からはこの
思想は危険思想だとされたために、ファミーアのデザインは表だって使われる
ことがほとんどなかったんです。このため、ひそかに悪魔崇拝を行うものがこ
の様式を用いて神を悪魔へと転換すること、あるいは人間から魔への転換を目
論んだりしたわけです。ファミーア式の地下迷宮は、教会の目を逃れて悪魔崇
拝が広まるのに一役買ったと言われていますが、実際のところ、旧王歴三二十
年から六年以上続いたといわれるネファナ戦役の最中に……」

 しだいにメイヤーの口調が熱をおびてくる。リュウイチはあわててメイヤー
をさえぎった。

「で、それはいいんだけど、どうやってここを抜け出せばいいんだ?」
「抜け出す?」
「だって、さっきのトラップ……」
「あれはトラップではないと思いますよ」
「え?」
「むしろ、この迷宮の中の移動手段のひとつと見るべきでしょうね」
「にしちゃあ、ずいぶん荒っぽい止まり方じゃないか」
「当時はよりゆっくりと制止させる方法があったか、あるいはあのスピードで
止まっても平気な人たちが使っていたかのどちらかでしょう」

(あの速度で止まって平気な人ってどんなのだよ?)
 リュウイチは心の中でつぶやいた。
 だがすぐに、言っても仕方ないこと、そう思い直してリュウイチは続けた。

「じゃあ、みんなのところに戻るには、普通に上がっていけばいいんだな」

 閉じこめられたわけではないことが分かり、リュウイチは安堵した。

「ええ。ファミーア形式の迷宮では、悪魔への転換や接触を行うための祭殿を
最深部に据えたわけですから、私たちはその逆、つまり角の多い部屋なり出口
なりを順にたどればよいわけです。単純に言えば、上へ上へ、ですね」
「じゃあ、戻ろう。みんな探してるだろうからな」
「いえ、せっかく来たんです。このまま最深部まで行きましょう」

 メイヤーはそう言い切った。

        §    §    §

 広間の形は、メイヤーの言ったとおり、階を下るごとに六角形、五角形と角の
数が減っていった。それにつれて、次第に迷宮の構造も単純なものになっていっ
た。広間の数は深い層ほど少なく、四角形の広間の層では、広間は数えるほどし
かなかった。
「次か、その次の階が最深部ですね。いよいよ古代の神秘をこの手で……」
「なあ、メイヤー。一番奥には、いったいなにがあるんだ?」
「それをこの私が明らかにするんです。どきどきするじゃないですか」
「要するに、何があるのかわからないわけね」
「ま、そういうことです。でも、最初からわかっていたら探検する意味がない
じゃないですか」
「それもそうだ」
 二人は、その四角の層を抜けた。
 そして降り立ったのは、三角形の大広間の片隅だった。
 コンパスを信じるなら、階段は、真北に位置する角にあった。
 たいまつの明かりが広間を照らす。

 しかし……

 その部屋は、文字通りなにもない部屋だった。
 他の部屋や回廊に通じる扉はおろか、メイヤーの期待していたであろう祭壇や
遺構の類もない。ただ、冷え冷えとした石造りの壁と、床に積もった埃だけが二
人を迎えたのだった。

「こいつぁ……」
「そんな、せっかくここまで来たのに……」

 メイヤーは力の抜けた様子で、そのまま階段に座り込んだ。リュウイチも思わ
ず床に荷物をどさりと下ろしてへたりこんだ。
 二人はしばらくの間、ただ何もないその広間をぼんやりと見ていた。

「仕方ありません。戻りましょう」

 メイヤーが残念そうに言った。

「調べないのか?」
「何もないんじゃ、調べようがありませんよ。それより、イルムザーンに急がな
いと。そっちが私たちの本当の目的なんですから……」

 メイヤーにしては歯切れの悪い言い方だった。

「でもさ、せっかくここまで来たんだ。壁に何か彫ってあるかもしれないしさ。
調べるだけ調べてみなよ」
「そ、そうですね!」

 メイヤーの表情がぱっと明るくなる。やはりこの最深部の広間が気になってい
たらしい。

「ありがとうございます、リュウイチさん」

 それからメイヤーは、たいまつを片手に壁面を調べはじめた。
 リュウイチは、それを見ながら広間の中をうろうろと歩いていた。しかし、床
は埃のほかは何もなく、最初の見かけどおり、本当にただの空き部屋だった。
 ただ一カ所、部屋の中央部に位置する敷石の一つに、幾度も剣先で突かれたよ
うな傷があった。

「なんだ、こりゃ」

 リュウイチがもっと調べようと床の埃を足で払うと、細かな埃がもうもうと立
ち、調査どころではなくなってしまった。
 それでもなんとかその敷石の周りを調べてみたが、傷の他は、文字の痕跡や押
しボタンなど、手がかりらしい手がかりは何も見つからない。

「あの……」

 壁をしらべていたメイヤーが何か見つけたらしい。

「どうした?」

 リュウイチがそばに駆け寄ると、メイヤーが壁に埋め込まれている石の一つを
指さした。

「ここの石、変な文が彫り込んであるんです。『五つの闇、四つの光、三つの囁
き、集いて一なる力の源とならん』……わかります?」
「そんなこと、いきなり聞かれてもわからないよ」
「あ、ご、ごめんなさい」
「でもさ、他に何か書いてないの?」
「いえ、この一文しか……」
「何かのヒント、かな」
「たぶん」
「五、四、三、一、か」
「え?」
「その文に出てくる数字だよ。それってさ、次の部屋がある、ってことじゃない
かな」
「でも、三角より角の少ない部屋なんて、作れませんよ」
「そりゃ、そうだ。ま、たぶんそりゃ、最後の部屋に行くための呪文か合い言
葉ってとこだろうな」
「じゃあ、唱えてみましょう」
「お、おい、待……」

 リュウイチの制止も聞かず、メイヤーがそれを唱え始めたのだ。

「ヴェル・ゾ・ワール、フィロ・ゾ・アール、テ・トロ・ウェアース……」

 メイヤーはたいまつを掲げ、目を閉じ、呪文に陶酔している。
 仕方なく、リュウイチは万一の事態に備えて剣を抜いて身構えた。

「……ピーティス・ディ・ボース!」

 メイヤーは、最後の一節をひときわ大きな声で唱えた。
 しかし、何も変化はない。

「……」
「何も……起きませんね……」
「無茶すんなよ……」

 緊張の解けたリュウイチは、その場にへたりこんでしまった。

「ごめんなさい……」
「何か変なものでも出てきたらどうすんだよ」
「そうですね、でもたぶん大丈夫ですよ。呪文そのものが当時の召還魔法とは大
きく系統が違ってますから」
「あ、そ……」

 リュウイチは立ち上がると、剣を鞘に戻した。カチンという音が広間に響いた
瞬間、リュウイチの頭にぱっとひらめいたものがあった。

「あの傷跡!」

 メイヤーはきょとんとした顔でリュウイチを見ていた。

「あそこに剣を……そうだ、きっとそうだ!」

 リュウイチは腰の剣を抜くと、メイヤーを部屋の中央、傷のある敷石のところ
に引っ張っていった。

「メイヤー!もう一度やってみようぜ」
「さっきは何も起きなかったじゃないですか」
「ここ、この傷跡を見ろよ。昔のここの使われ方ってさ、きっとこうだぜ」

 そういうと、リュウイチはその敷石に剣を突き立てた。

「さ、唱えてみようぜ」
「……はい」

 メイヤーは、剣を握るリュウイチの手に自らの手のひらを重ねると、先ほどの
呪文をふたたび唱えた。

「ヴェル・ゾ・ワール、フィロ・ゾ・アール……」

 呪文が終わる。リュウイチもメイヤーも、じっと息を殺して、何かが起きるこ
とを期待していた。
 しかし、剣にも部屋にも、そして向き合っている二人にも、何も変化はなかっ
た。
 突然、リュウイチがはじけるように笑い出した。

「リュウイチさん……?」
「ごめんごめん、いやさ、ハハッ、秘密の儀式の呪文があんなところに堂々と書
き残されてるわけないよな、ってね、思ったらさ。おかしくって」
「それもそうですね」

 リュウイチはまだ笑っていた。メイヤーもつられて笑った。笑いながらリュウ
イチは言った。

「なあ、メイヤー。調べなおして、また来ようぜ」
「そうですね」
「よーし、じゃ、戻るか」
「はいっ」

        §    §    §

 リュウイチとメイヤーは、他のメンバーと合流すべく、上の階へと上がって
いった。
 途中、十二角形の部屋のある層の一角に、泉があった。

「泉?」
「……そのようですね」
「水、飲めるかな?」

 涼しげに溢れ続ける泉を見ながら、リュウイチが聞いた。

「当時の記述によりますと、十二角形をして神と悪魔の中間、つまり我々人間と
見なしたとされています。おそらくこの部屋で体を清めてから、十一角形から先
の部屋へと向かったのでしょう」
「ってことは、飲んでも特に問題はないってことか」
「ですね。いずれにせよ、地下水がしみ出してる感じですから、毒ってことはな
いと思いますよ。古い迷宮ですし」

 リュウイチは泉に頭をつっこむようにして水をがぶがぶと飲んだ。

「ぷはぁ!」

 冷たい水が喉から腹にしみていく。
 リュウイチは肩当てを外すと、上着も下着も脱いで、上半身裸になった。

「きゃっ」

 メイヤーは小さく声を上げると、あわてて背を向けた。

「あ、と。ごめん。メイヤー」

 リュウイチは冷たい泉の水に布切れをひたすと、ぎゅっと絞り、それを肩に当
てた。

「……っつ……痛ぇ」
「どうしたんですか?」

 メイヤーが心配そうに聞いた。

「さっき、トラップが止まったときにぶつけたんだ」

 驚いたようなメイヤーの目に、自責の色が浮かんだ。

「ごめんなさい。私が寄り道したいなんて言ったから……」
「そんなことないって」
「でも、でも、リュウイチさん、私のために、私のために……」

 メイヤーが繰り返す。声が少し涙声になっている。
 リュウイチはメイヤーの肩を掴むと、ぐっと抱き寄せた。

「あ……」

 リュウイチは、そのままメイヤーのくちびるを奪った。
 最初、とまどいで体をこわばらせていたメイヤーも、長いキスの間に、ゆっく
りと体をリュウイチに預けていった。
 くちびるを離すと、リュウイチはメイヤーの耳元にそっとささやいた。

「俺、メイヤーを守るためだったらこれくらい全然平気だから」

 メイヤーはリュウイチをじっと見つめると、黙ってうなずいた。

「あのさ、キスしてから言うのも変だけど、その……好きだよ。愛してる」
「わたしも……好きです。何があっても、あなたの側にいたい……」
「目を……閉じて」

 メイヤーは、ゆっくりと目を閉じた。
 そして、二度目の、キス。

〜Fin〜



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