###  HP公認記念SS  ### 天と地のあいだのはなし その2:未来ともうひとつの未来のはなし ---------------------------------------------------------------------  迷宮の複雑に入り組んだ構造は、そこに何か重要なものがあるということを 自ら語っているようなものだ。リュウイチたちがメイヤーの希望で探索にとり かかったこの迷宮は、まさに難解を極めた構造となっていて、この奥に隠され ているであろうものの重大さを感じさせるには十分すぎる複雑さだった。幸い なことに、壁がぼんやりと光を放っているため松明は必要なかった。しかし、 これとて壁にかけられている発光の魔法が効力を保ち続けてきた長い時間を考 えると、その術者の力に畏怖の念を抱かずにはおれないものだった。この迷宮 は約千二百年の昔に作られたというのだから・・・  パーティは、メイヤーを先頭に、リュウイチ、ウェンディ、キャラットとい う隊列で進んでいた。  「ちょっと休憩しよう」  リュウイチはすぐ後ろを歩くウェンディにちらりと目をやると、前を行くメ イヤーに声をかけた。  「え?あ、そうですね」  メイヤーは立ち止まると、書き込んでいた迷宮の地図に印を付けた。しんがりのキャラットはウェンディのそばに駆け寄って、食べるものをねだっていた。  「リュウイチさん、あの、休憩ついでにそろそろ食事にしませんか」  ウェンディが言った。キャラットだけでなく、パーティ全員が空腹を覚えて いた。  「もうそんな時間か。どうもここは明るくて、時間の感覚が変になるな」  「そうですね」  リュウイチたちのパーティが迷宮に足を踏み入れてから、すでに6時間が過 ぎようとしていた。昼食を済ませてから迷宮に入ったので、そろそろ外は夜の はずだった。  奇妙なことに、リュウイチたちはモンスターはおろか、野犬やコウモリすら 見かけていなかった。異様に静かな探索行に、リュウイチは不安を募らせてい た。  簡単な食事を済ませたリュウイチは、メイヤーの隣に腰を下ろした。  「メイヤー、本当に大丈夫か?」  「どうかしましたか?」  「いや、静かすぎるんだよ・・・モンスターはともかく、コウモリやらネズ ミくらいはいてもいいと思うんだが」  「そうですね。でも、静かだし綺麗だし、いいことじゃないですか」  メイヤーはこともなげに言った。むしろ迷宮の保存状態が良好であることを 単純に喜んでいるようだった。ウェンディもフィリィも同意するようにうなず いた。  「じゃあ、なんだってこの迷宮は荒らされずに済んでるんだ?モンスターも いないし、構造は確かに複雑だけど、楽な迷宮だろうに」  「そういえばそうですね」  「いやな感じがするんだ。引き返した方がよくないか?」  「そんなぁ・・・うーん、なんといってもこの迷宮はケズィア-ヴィスパラ メリスの迷宮ですから、みんな畏れて近寄らないんじゃないですか?ほら、ち ょうど今のリュウイチさんみたいに」  「ネズミもか?」  「それは、きっとネズミ除けの魔法がかかってるんですよ。壁の明かりと同 じで」  確かにメイヤーの言葉にも一理あった。リュウイチは孫子の兵法にも似たよ うなものがあったことを思い出した。  「わかった。で、その・・・なんたらメリスはこの迷宮に何を残しているん だ?」  「金銀財宝の類ではないことは確かですね。王宮を去ってこの地に隠遁する ときに、すべて燃やし尽くしたとされていますから」  「燃やしたぁ?」  「ええ。そもそも彼が王宮を去ることになったのは・・・」  リュウイチは長話の気配にあわててメイヤーをさえぎった。  「あー、わかったわかった。とにかく、ここにあるのは財宝じゃないんだね」  「荒らされた形跡がないのはその話が有名だからかも知れませんね。いずれ にせよこの奥にあるのは、おそらく彼の編み出した強力魔法についての呪文書 でしょう。稀代の魔術師と謳われたヴィスパラメリスの遺産なのですから。で もむしろ、何か日記のようなものの方が私には嬉しいですね。王史中期の奇妙 な空白を埋める助けになる可能性もありますから」         §    §    §  その扉は、向かい合った大きなグリフォンをモチーフにした精巧な彫刻を施 されたもので、一目で他の扉とは異なることがわかった。まさに迷宮の主の部 屋にふさわしい扉だった。  リュウイチはトラップがあるか丹念にチェックしたが、扉には何も仕掛けら れていないようだった。  「入りましょう」  メイヤーが扉を引くと、それはギイと音を立てて開いた。扉を開いてからし ばらく様子を見たが、特に変化は見られなかった。そこで、パーティは部屋の 中に足を踏み入れることにした。  上品な調度品が目を引いたが、リュウイチには意外なほど殺風景に思えた。 大きな机、テーブル、ソファ、棚・・・ランプがどこにもないのは、壁に発光 の魔法がかかっているためだろう。本棚だったとおぼしき棚には、ほとんど何 もない。  リュウイチはあたりを見回したが、特に目を引くものはなかった。メイヤー は机のあたりを調べていた。ウェンディはあたりをきょろきょろと見回しなが ら歩き回っている。キャラットは柔らかそうなソファの上で寝転がっていたが、 奇妙なことに、埃はほとんど立っていないようだった。  (掃除の魔法なんてのもアリか?)  テーブルの埃を確かめようと、リュウイチは指ですっとテーブルをなぞった が、埃はほとんどたまっていなかった。まるで、つい今の今まで人がいたかの ようだ。  その時、壁の光がゆっくりと明滅を始めた。  「あ・・・」  リュウイチがウェンディの頼りなげな声に振り返ると、ウェンディが光に包 まれ始めていた。その輪郭はぼやけ、リュウイチがあわてて伸ばした手はウェ ンディをつかむことはできなかった。  「ウェンディ!」  やがてその光はリュウイチたちも包み始めた。侵入者たちをすっかり包みこ んだ光がおさまると、部屋には誰の姿もなかった。  気がつくと、リュウイチはヴィスパラメリスの迷宮の入り口の前にいた。奇 妙なことに、太陽が高々と頭の上からその光を照らしていた。  「夜中だったはずなのに・・・」  キャラットやフィリィ、メイヤーもそばにいたが、ウェンディの姿だけが見 えなかった。  (一緒に転移されたんじゃないのか?)  リュウイチはあわてて辺りを見回した。  「ウェンディはどこだ?」  「今メイヤーさんが探してます」  キャラットが答えた。メイヤーが探知魔法の呪文を詠唱する間、リュウイチ は自分の判断の甘さを悔いていた。  (あの時点で引き返していれば・・・)  しかし、それは事が起こってから言っても仕方のないことだった。  「あの、変なんです。ウェンディさんが見つかりません」  メイヤーの声に、リュウイチはハッと我に返った。探知魔法のヴィジョンが 宙に浮いている。しかし、本来なら方角と距離を示す矢印が浮かぶはずのヴィ ジョンは黒い影のままで、何も映し出してはいなかった。  「探知魔法に映らないなんて・・・」  「死んでるってのか?」  「いえ、それならそれで見えるはずなんですが」  「じゃあ一体どこに・・・」         §    §    §  気がつくとウェンディは見知らぬ町にいた。高く冷たそうな特徴のない建物、 見慣れぬ服装の人々、耳をいたずらに刺激するだけの喧噪・・・  しかし、周囲の異様な光景の中、ただひとつ、ただ一人だけ見覚えがある姿 があった。リュウイチだ。  (迷宮にいたはずなのに・・・どうしてこんなところに・・・)  知らず、ウェンディは目の前のリュウイチの腕にしがみついていた。  「ん?どうしたんだ、ウェンディ」  「あの、リュウイチさん、ここは一体・・・」  「どうしたんだよ。もうすっかりこっちに慣れたもんだと思ってたけど」  とまどっているウェンディに、リュウイチが怪訝そうな顔をした。  「今日は水族館に行くんだろ?」  「え?」  「あっちの水族館以来だから・・・けっこう久しぶりだな」  夢なのか、現実なのか・・・おそらくこれは夢なのだろう。あるいはもしか すると、迷宮の方が夢だったのかもしれない。ウェンディはこれが夢なのだと 納得し、状況を受け入れた。  夢の中で見るリュウイチの世界の水族館は、ウェンディたちの世界の水族館 とそれほど大きくは違わなかった。ウェンディは水槽の中を泳ぐ魚たちの姿に 見とれていた。  「すごく綺麗ですね」  ひとつひとつの水槽はウェンディが見たこともないほど巨大で、その中には 数え切れないほどの魚がいた。  「それに大きなお魚もいっぱい・・・」  ウェンディを驚かせたのは、水槽の中に作られた透明なトンネルを歩いて通 ることができるという所だった。  まさに水の中にいるような感じだった。ウェンディがほんわりと周りの魚た ちに見とれていると、リュウイチがすっと手を握ってきた。  「どう?こっちの水族館、気に入った?」  「はい。でも、その・・・手・・・」  「恥ずかしい?」  「いえ、そんなことないです」  ウェンディは頬を赤らめると、つないだ手をきゅっと握った。指先が熱くな る感じがした。  水族館の帰り道、二人は大きな建物の工事現場を通りかかった。機械が何か けたたましい音を立てながら動いていた。  「そうだ、ウェンディ。前に話したっけ?俺がウェンディたちの世界に行っ たきっかけ。あれって、ちょうどこんな感じのところなんだ」         §    §    §  「時をもその瞳の中に支配したといわれる伝説の魔術師ケズィア-ヴィスパ ラメリスの仕掛けたトラップですから、もしかすると別の時間にとばされた可 能性はあります。それなら探知魔法で見つからないのも説明がつきます。実際、 私たちも少し違う時間に飛ばされたようですし。今はたぶん入る直前でしょう。 私たちは迷宮に入らなかったことになるわけです。何度入っても同じことの繰 り返しでしょうね」  草むらに座り込んでいるメイヤーが眼鏡を押さえながら言った。  「ウェンディを助ける方法は?」  「別に助けることないわよ」  「フィリィ!」  横から口を挟んだフィリィをリュウイチが鋭く制した。  「トラップに用いられている呪文を逆に使えば、遠くの時間にいるウェンデ ィさんを引き寄せることができるはずです。しかし、時を操る魔法はヴィスパ ラメリスから後の時代にはまったく伝わっていないんです」  「でも現にあのトラップは動いているじゃないか」  「それは頭の上を太陽が動いているからといって、太陽の動きを変えられる わけではないのと一緒です。あの迷宮がまだ動いているのはヴィスパラメリス がそうしたからであって、適切な呪文書なしでは時を操ることはできないんで す」  「打つ手なし・・・か」  「ウェンディさん・・・」  キャラットが力無くつぶやく。  「希望がないわけではありません」  メイヤーの言葉に、リュウイチの目とキャラットの大きな耳が引き寄せられ た。  「ヴィスパラメリスが当時書き残した『時』に関する文章に、その復元力に ついての記述があります。時はどれだけ変化させても、自ら元の流れに戻ろう とする、というのです」  「つまり?」  「ウェンディさんを飛ばした魔法もやがてその復元力に負けて、効力を失う ということではないでしょうか」  「行ったままになるということは・・・」  「それはないでしょう。それは変化が固定することを意味しますが、ヴィス パラメリスは『ついに時を変えたまま固定化することはできなかった』と、晩 年友に宛てた手紙に記していますから」  「待つしかないのか」  「飛ばされた先が平穏な時代であることを祈るしかないですね」         §    §    §  リュウイチは上の方を指さしている。ウェンディはリュウイチの指さす方、 作りかけの建物を見上げた。どうやら鋼の柱を組み上げているところのようだ。  「こんな感じのところで上から鉄骨が落ちてきてね・・・」  その時だった。ふっと影がウェンディとリュウイチの上にかかったかと思う と、轟音とともに土煙が上がったのだ。  背後から悲鳴のような声が聞こえた。ウェンディは一瞬何が起こったのかわ からず、あたりを見回したが、もうもうとあがる土煙はウェンディの視界をさ えぎったままで、目の前にいたはずのリュウイチの姿もなかった。  「リュウイチさん?」  返事はなかった。ウェンディは不安に駆られて、その名を繰り返し呼んだ。  「リュウイチさん!」  土煙が晴れると、そこには大きな鋼の柱の下敷きになったリュウイチの姿が あった。ウェンディは血にまみれたリュウイチにおそるおそる触れたが、リュ ウイチの体はぴくりとも動かなかった。  リュウイチは死んでいた。即死だった。         §    §    §  迷宮の入り口は、夕暮れの西日が奥まで差し込んで赤々と見える。リュウイ チたちがウェンディとはぐれて、すでに五時間が過ぎようとしていた。  リュウイチはキャラットに差し出された果物を受け取ると、それをぼんやり と見つめた。  「リュウイチさん、元気出しなよ。ウェンディさんなら大丈夫だよ」  「ん?ああ、そうだな・・・ありがとう、キャラット」  果物はちょっと酸っぱい味がした。食欲はほとんど湧かなかったが、それで もリュウイチは半ば無意識のうちに果物をかじっていた。  「いつまでこうやってるつもりなのよ?」  「ウェンディが帰ってくるまでに決まってるだろ?」  フィリィの問いにそう答えたものの、リュウイチは漠然とした不安をぬぐえ ずにいた。もしも戦乱のまっただ中に放り出されでもしていたら、ウェンディ が生きて帰ってくる保証などどこにもない。傷つき、息絶えた姿でウェンディ が戻ってきたらと思うと、リュウイチは胸が締め付けられる思いだった。  日がすっかり沈み、あたりは闇に包まれた。4人はそれぞれ不安げな面もち で焚き火を囲んでいた。あれほど憎まれ口をたたいていたフィリィも、すっか り黙り込んでしまっていた。  リュウイチは焚き火を枯れ枝でぼんやりとかき回していた。火の粉がふわり ふわりと宙に舞う。それを目で追いながら、リュウイチはウェンディとの出会 いや旅の間の出来事などを思い出していた。  その時だった。  「リュウイチさん、後ろ!」  メイヤーの声に振り向くと、少し離れたところに光の玉が浮かんでいた。  光はそのまま広がり続け、やがてその中に人の姿の影がぼんやりと見え始め た。  まばゆい光がすっかり消えると、そこにはウェンディの姿があった。しかし ウェンディは呆然としたままそこに立ちつくしていた。まるで何も目に入って いないかのように。体に傷はないようだったが、魂が抜けてしまったかのよう に見えた。  「ウェンディ!」  リュウイチの声に、ウェンディは体を震わせて泣き崩れた。  「どうかしたのか?」  リュウイチの問いかけにウェンディは何も答えず、ただ力一杯リュウイチを 抱きしめて泣くばかりだった。リュウイチは戸惑いながら、ウェンディの髪を そっと撫で続けた。  「あの、変な夢を見ていたんです・・・」  ようやく落ち着きを取り戻したウェンディが語ったのは、まさにリュウイチ の世界の様子だった。リュウイチがこれまで話したことのないものについてま で、ウェンディの口からは語られていた。そしてリュウイチの最期に話が及ぶ と、メイヤーとキャラットは落ち着かなげに目線をさまよわせた。  「夢じゃなくて、たぶんそれは現実ですね」  メイヤーの言葉に、ウェンディがビクリと体を震わせた。  「ウェンディ、どうやら未来に行ってきたみたいだね」  「そんな・・・」  ヴィスパラメリスの迷宮に仕掛けられていたトラップと時間操作の魔法につ いてメイヤーが説明する間、ウェンディは押し黙ったまま下を向いていた。  説明の後もウェンディは黙っていた。他に口を開こうとするものもいなかっ た。その沈黙を破ったのはリュウイチだった。リュウイチは努めて明るい口調 で言った。  「ま、ウェンディも無事に帰ってきたことだし。飯にするか」  「あ、リュウイチさん、私が・・・」  ウェンディが立ち上がろうとするのを、リュウイチが制した。  「いいって、いいって。疲れてるだろ?今夜は俺が腕によりをかけて作るか らな。楽しみにしてなさい」  「・・・はい」  しかし、その夜の食事はウェンディの帰還を喜ぶという雰囲気にはほど遠い、 奇妙な沈黙に支配されたものだった。         §    §    §  次の朝、リュウイチはフィリィのけたたましい声にたたき起こされた。  「ちょっと、リュウイチ起きてよ!ウェンディがいないわ」  寝ぼけた目をこすりながらリュウイチは答えた。  「朝飯の準備じゃないのか?」  「食事の準備しに、荷物全部持って行く?」  リュウイチはそれを聞いてがばっと起きあがった。パーティの他のメンバー はすでに目を覚ましているようだ。  「きっとゆうべの話で、このままリュウイチさんと一緒に旅を続けていると リュウイチさんが死ぬことになる、そう思ったんでしょう」  メイヤーが神妙な顔で分析してみせた。  「馬鹿なことを・・・」  「誰だってそう思いますよ。私だって・・・このまま旅を続けていいのかわ からないです」  「そうだよ。ボクもリュウイチが死んじゃうなんてイヤだ」  「まったく・・・だいたいあんた、死にに帰ってどうすんのよ」  メイヤーもキャラットもフィリィも、口々にまくし立てた。  「俺が死ぬと決まった訳じゃないし、今はとにかくウェンディのことが先だ」  リュウイチは3人を制すると、メイヤーに聞いた。  「メイヤー、探知魔法でウェンディの居場所わかるか?」  「昨日使ったのが手持ちの最後の触媒だったんです・・・」  探知魔法はやや特殊な魔法で、唱える際に触媒を必要とする。普段はあまり 使わない魔法なので、この触媒の手持ちはほとんどない。昨日手元にあったこ との方が珍しいくらいなのだ。  「仕方ない。手分けして探そう。まだそう遠くへは行ってないだろうし。キ ャラットは街道を戻ってみてくれ。俺は街道の先の方を探してみる・・・太陽 が頭の真上に来るまで探して見つからなかったら、ここに戻ること。メイヤー はここで待機だ。もしかすると戻ってくるかもしれないからな。フィリィ、触 媒を探しておいてくれ。ウェンディが見つからなかったときに必要になる」         §    §    §  リュウイチは人気のない街道をひた走っていた。幸いなことに街道は分岐も なく一本道だった。女の足でどれほど先に行けるかはわからなかったが、ウェ ンディがそれほど丈夫でないことを考えると、探す範囲はそれほど広くないは ずだった。  しかし、夜中に抜け出したとすると、今頃は街道から脇に入って休んでいる 可能性もある。そう考えると、いきおい探すペースは遅くならざるを得ない。 リュウイチは道の左右に開けた場所がないか、そこにウェンディがいないかを 確かめながら走っていった。  どれくらい走っただろうか。太陽はすでに天頂にさしかかろうとしていた。 戻る時間が近づいている。  (キャラットが見つけててくれればいいが・・・)  ふと、茂みの切れ目に何かが見えたような気がしてリュウイチは足を止めた。 茂みをのぞき込むと、何かの袋の端がわずかに見えている。  茂みの切れ目から入ってみると、そこにはマントにくるまって横になってい るウェンディがいた。道から見えたのはウェンディの荷物袋であった。  声をかけようと近づいたリュウイチは言葉を飲み込んだ。ウェンディは泣き 明かしたらしく、涙の跡が残っていた。  「ウェンディ・・・」  リュウイチはウェンディの枕元に座った。  「ごめんな、心配かけて」  リュウイチは自分のためにこんなにも泣いてくれる人がいると思うと、胸が 苦しくなった。リュウイチは黙ってウェンディの寝顔を見つめていた。  ふと、人の気配を感じたのかウェンディが目を覚ました。リュウイチの姿に あわてて飛び起きると、マントの前をかき合わせた。  「リュウイチさん、帰ってください!」  ウェンディが目を合わせないようにしながら言った。  「どうしてだよ、ウェンディ」  「だって・・・このまま私といると、リュウイチさん死んじゃうんですよ」  「別にそうと決まったわけじゃない」  「だって、あれは未来だって・・・」  「そうだよ」  「だったら・・・」  リュウイチはウェンディの肩に手を置くと、じっと目を見つめて言った。  「未来ってのは、変えようと思えばいくらでも変えられるんだ。運命に流さ れるだけじゃ変えられないけど、俺たちは何が起こるか知っている。だから大 丈夫だ、きっと変えてみせる」  リュウイチは言葉にしながら、その言葉に励まされるように確信していった。 未来は変えられるのだ、と。  「魔宝・・・」  「え?」  「魔宝を集めたら、リュウイチさんは元いた世界に帰るんでしょ?」  「たぶんね」  「そしたら私、ついていきます」  「ウェンディ・・・」  「だって私が未来を見たんですもの・・・私が一緒にいて起きる未来なら、 同じように私がいることでリュウイチさんの未来を変えられるかもしれない。 連れていってくれるでしょ?」  リュウイチは、じっと見つめてくるウェンディがたまらなくいとおしく感じ られた。返事の代わりに、リュウイチはウェンディを黙って抱き寄せた。ウェ ンディは一瞬驚いたようだったが、やがておずおずと両手をリュウイチの背に 回した。  「やっぱり、こういうことは俺の方からお願いしなきゃいけないよな・・・ ウェンディ、俺といっしょに来てくれ」  「はい」  耳元でささやくように答えたウェンディの吐息がリュウイチにはくすぐった かった。         §    §    §  それからの探索行は、日に日に重苦しくなっていく雰囲気を紛らわすかのよ うに、あわただしく進んだ。  そしてリュウイチは無事に魔宝による帰還を果たした。  ウェンディとともに・・・  二人の帰還から六ヶ月が経とうとしていた。  その間、リュウイチにもウェンディにも、特に何事も起きなかった。ウェン ディが未来をかいま見たことで、未来そのものが変わったかのようだった。  しかしウェンディは、自らの見た未来の影をいつもリュウイチに重ねていた。 一緒に外を歩くときはいつも不安そうにしていた。そして、「未来は私が変え てあげる」というのがウェンディの口癖となっていた。はじめのうち、リュウ イチはウェンディに心配をかけまいと、できるだけ工事現場を通らないように 気をつけながら歩いていたが、何事かが起きるふうではなかったので、いつし か気にしなくなっていた。  ある日、二人は連れだって動物園に出かけた。ウェンディは、向こうの世界 にはいない動物を見ては指さしてあれこれリュウイチに聞いていた。いつもの 不安そうな表情はなく、リュウイチは、向こうの世界ではじめてウェンディを 水族館につれていったときのことを思いだしていた。  動物園の帰り道、二人は大きな建物の工事現場を通りかかった。機械が何か けたたましい音を立てながら動いていた。  「そうだ、ウェンディ。前に話したっけ?俺がウェンディたちの世界に行っ たきっかけ。あれって、ちょうどこんな感じのところなんだ」  リュウイチは上の方を指さしている。ウェンディは少し硬い表情でリュウイ チの指さす方、作りかけの建物を見上げた。  「こんな感じのところで上から鉄骨が落ちてきてね・・・」  その時だった。ふっと影がウェンディとリュウイチの上にかかった。その瞬 間、ウェンディはリュウイチを突き飛ばした。そしてさっきまでリュウイチが いたまさにその場所に、轟音とともに土煙が上がった。  土煙の中、リュウイチはウェンディの名を呼んでいた。しかし、返事はなく、 ただ周りから聞こえるのは悲鳴や叫び声ばかりだった。  風が土埃を吹き払うと、そこにはウェンディが倒れていた。  ウェンディが未来を変えたのだ。  リュウイチはそろそろと手を伸ばし、鉄骨に砕かれ血にまみているウェンデ ィの体に触れた。息はほとんど絶え、その目は半ば閉じていた。  ウェンディに触れた瞬間、リュウイチの中に反射的に言葉がわき上がってき た。  言葉は低くその口から流れ出た。  「天よりの疾風、今ここにあり。空を切る天使の翼の輝きのもと、神々の御 名に魂を重ねて呼ばん・・・」  呪文を唱え始めても、向こうの世界にいた頃のような力のみなぎりが感じら れない。リュウイチの頭に絶望がよぎる。しかし、リュウイチはその絶望を振 り払うかのように詠唱を続けた。  「・・・我の魂をかけて願う。その息吹にて我らが肉なる魂の宿り場を今ひ とたび元の姿にて蘇らせん・・・」  リュウイチの周りに竜巻にも似た空気の渦が巻き始める。  体のすみずみに、忘れかけていた魔法の感触が蘇る。  ブランクをおいた状態での最強呪文に耐えかね、リュウイチの両腕が激しく けいれんし始めたが、リュウイチは構わず詠唱を続けた。  呪文が最後の一節になる頃には、リュウイチの体はすっかり魔法を受け入れ ていた。けいれんは収まり、それに代わってあの懐かしい血の沸き立つような 力強い感覚が体中をかけめぐっている。  「偉大なる神よ、その力を我が前にあらわしたまえ・・・ホーリー・ブレス!」  強烈な光が、二人を囲むように渦を巻いていた空気を切り裂くように射し込 んだ。リュウイチはそのまぶしさに目がくらみ、思わず目を閉じた・・・  風の音が止み、目を開けたリュウイチの前には、傷の癒えたウェンディが横 たわっている。  ほっと息をついて顔を上げたリュウイチは我が目を疑った。  そこにはパーリアの街の門があるではないか。  「そんな・・・こんなことが・・・」  リュウイチが呆然としていると、どこからか声が聞こえてきた。  「痛いじゃない!どきなさいよぉ!」  何ヶ月かぶりの懐かしい声だった。リュウイチは笑いをこらえながら、ウェ ンディの下敷きとなっていたフィリィを助け出した。  フィリィは助け出してくれた相手の顔を見て目を白黒させた。  「リュウイチ、あんた元の世界に帰ったんじゃ・・・」  「詳しいことは後でゆっくり話すよ」  リュウイチはウェンディを揺り起こした。  「ウェンディ、大丈夫か?」  「あ・・・リュウイチさん・・・よかった。無事だったんですね」  「おかげでね。でも、もうああいう無茶はやめてくれよ。心臓が止まるかと 思ったんだからな」  「もう!二人で盛り上がってんじゃないわよ」  フィリィがウェンディとリュウイチの間に割って入った。  「フィリィ!じゃあ、ここは・・・」  「そうよ、パーリアの街。あんたたちがいなくなってせいせいしてたのに、 何でまた帰ってきたのよ」  フィリィがウェンディの周りを飛び回りなが憎まれ口をたたいている。それ もまた懐かしかった。そんなフィリィを見ているうちに、リュウイチは、ふと 思いついたことがあった。  「ウェンディ、また旅に出ないか?今度は何かを探すんじゃなくて、のんび りと、さ」  「はい!」 〜Fin〜