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RED ROSE REVOLUTION CHU!

      1 月曜の火種


「第二次紅薔薇革命は起こるのか、否か」

 祐巳と同じクラスの新聞部員……というか実質的な新聞部長、山口真美さんがいきなりそう切り出したのは、月曜の放課後のことだった。ちょうど、祐巳が鞄に教科書やノートをしまいこんだところに、真美さんがやってきたのだ。

「ねえ、祐巳さん。最近、下級生の視線が妙だと思ったことはない?」
「へ?」

 真美さんは、祐巳の方に向けたボールペンのお尻をくるくる回しながら、空いている隣の席に腰掛けた。相変わらず人を脅かすのがうまいというか、心臓に悪いものの訊き方をしてくれちゃう。
 夏休みまであと二週間ちょっと。山百合会は文化祭の準備でそろそろ忙しくなってくるころだが、話の内容が気になったので、真美さんの話にちょっとだけつき合うことにした。

「下級生ねえ……」

 祐巳たちは高等部二年なので、たぶん高等部の一年のことだろう。すぐに脳裏に浮かんだのは、縦ロールのビジュアルイメージ。

「瞳子ちゃんのこと?」
「ちがうわよ」

 よかった。
 せっかくお姉さまと仲直りして、瞳子ちゃんとの変な噂も下火になったというのに、今更瞳子ちゃんとのバトルなんて噂が再燃されたんじゃ、目も当てられない。
 ただ、瞳子ちゃんでないというなら、まるで思い当たる節はなかった。面識のある一年生なんて、白薔薇のつぼみである乃梨子ちゃんと、祥子さまの遠縁にあたる松平瞳子ちゃんぐらいなものだから。
 もっとも、今年度の紅薔薇のつぼみである祐巳のことは、ほかの一年生も知っているだろうから、向こうからこちらは認識できるのだろうけど……
 いくら考えても、思い当たる節はなかった。それに、妙な目線とかいわれても、昼休みとかに校内で挨拶とかをしていてもそれほど変な視線は感じた記憶はなかった。

「ふーん。知らないんだ」

 そういうと真美さんは、にやりと笑みを浮かべた。

「今ね、一年生の間で、ちょっと盛り上がってるらしいのよ」
「だから、何が?」
「誰が紅薔薇革命を起こすか、よ」


   *   *   *


 祐巳は、頭の周りにクエスチョンマークを全力疾走させながら、真美さんのさきの言葉の意味を考えたが、やっぱり何も思い当たらない。うーうーうなる祐巳のことを見かねたのか、真美さんはすぐに種明かしをしてくれた。

「要するに、去年の黄薔薇革命の話を聞きつけた一年生がいて、ね」
「うん」
「妹にしてくださいってお願いしよう、っていう話が出てるらしいのよ。祐巳さんとか、由乃さんに」

 黄薔薇革命……って、由乃さんがロザリオを突き返した例の大騒動で、もちろん覚えてはいるが、どうして妹につながるのかわからない。祐巳は、そのまま疑問を口にした。

「由乃さんが去年ね、黄薔薇さまに……あのころは黄薔薇のつぼみだったわね……ロザリオを返して、それから復縁を申し出たっていう話が一人歩きしてるのね」

 あ、「妹にしてください」の方か。それなら分かる。
 あのときは、当時、黄薔薇のつぼみだった令さまの過保護に耐えかねた由乃さんが令さまにロザリオを突き返したんだった。おかげで令さまはこの世の終わりのごとくに落ち込むわ、由乃さんは手術するわ、頼りの黄薔薇さま、鳥居江利子さまは親不知の痛みで心ここにあらずといった状態になるわ……とにかくもう大騒ぎになったものだ。

「でもどうして今年の一年生が去年の話なんて知ってるんだろ」
「そりゃあ、今年の二、三年生から聞いたとか、実のお姉さんから聞いたとか、いろいろあるんじゃないの?」
「そうか……」

 話はわかったけど、わかったからといって何かできるわけでもない。いきなり妹って言われても……ねえ。考えてもいなかった、ていうこともないんだけど。

「せっかくのチャンスなんだから、いい子みつけて、妹にしちゃったら?」

 真美さんが気軽に言ってくれる。

 でも。でも……、である。

 自分の妹は、自動的にというかなんというか、紅薔薇のつぼみの妹ということになるのである。来年、自分自身が紅薔薇さまになれるかどうかは置いておくにしても、だ。


   *   *   *


 そんなわけで、真美さんと話し終えて祐巳が薔薇の館に向かう頃には、部活動があるものは部活へ、部活動のない生徒は下校していた。祐巳は、さきほど真美さんから聞かされた話が気になっていたので、一年生の「視線」を確かめたかったところだが、ちょうど廊下に生徒の姿が見えなくなるタイミングで、それもかなわないまま校舎を抜け、薔薇の館の扉をくぐった。
 二階に上がってビスケットのような扉を開けると、祥子さまと志摩子さん、乃梨子ちゃんが集まっていて、ちょうど乃梨子ちゃんが紅茶を入れているところだった。由乃さんと令さまは剣道部のはずだ。

「遅いわよ、祐巳」
「すみません、お姉さま」

 祥子さまはすっかり元気になったみたい。怒られてるのに、なんかほおが緩んじゃう。祥子さまの隣に座って、書類の整理を始めても、ついつい祥子さまの方をちらちら見ちゃって仕事にならない。けど、仕事も進めないとまた怒られてしまうわけで、目の前にある書類に何とか意識を集中しなければ。
 そうこうするうちに書類の整理も一段落して、気が付くと一時間ほど経っていた。やはり祥子さまがいるだけで、書類仕事でもあっという間に時間が過ぎていく感じ。ひと休みということで、乃梨子ちゃんが「紅茶を入れましょう」と流しに立つと、志摩子さんも「手伝うわ」と立ち上がった。
 祐巳はそんな二人の様子を見ていて、ふとさっきの真美さんの話を思い出した。

 (妹かぁ……)

 部活動などをしていなかった祐巳は、あまり一学年下の子たちのことを知らない。中等部時代も二年と三年の二年間ほぼ同じ顔ぶれで下にいたはずだが、一学年につき百何十人もいるのだから仕方ないといえば仕方ないし、そもそも由乃さんの病気のことにしても同じ学年なのに知らなかったわけで。
 
 うーん、と考え込んでいると不意に、

「祐巳さま?」

と、乃梨子ちゃんに声をかけられた。はっと目をあげると、乃梨子ちゃんはティーカップを手にちょっと心配そうな目をしていた。

「あ、ごめんなさい。ありがとう」
「どうしたの、祐巳。ぼーっとして」

 祥子さまがじっと祐巳を見つめている。

「体調でも悪いの?」
「いえ、ちょっと考え事をしてたもので……」
「考え事?」
「はい」

 一瞬どうしようか考えたが、妹についてのことでもあるし、ここはお姉さまに相談してみた方がいいかもしれない。祐巳は、さきほど真美さんから聞かされた話を説明した。

「一年生の間で祐巳さまと由乃さまに『お願い』しようという話で盛り上がってる子たちがいるらしい、ってことですか」

 祐巳がうんうんと苦しみながら説明した話を、乃梨子ちゃんが実に簡単にまとめてくれる。

「スール制度を何だと思っているのかしら。おふざけにしても、ちょっと考えものね」

 ひとしきり祥子さまはぶつぶつ言うと、ふうとため息をひとつついた。

「で、祐巳はどうするの?」
「どうもこうも、私にはまだ何も言ってきてないですし、単なる噂かもしれないですから」
「ねえ、乃梨子はそういう話を聞いたことはあって?」

 志摩子さんが隣の乃梨子ちゃんに尋ねる。

「いいえ、うちのクラスではそういう話は特になかったと思いますけど」
「そう。でも、祐巳の妹ということは、私にとっては孫ってことになるわけよね。仮にも生徒の代表の一員としては、そういう形は許すべきではないわね。まあ、それはともかく……」

 言いさして、祥子さまは紅茶を一口飲む。妹の妹をして「孫」と呼ぶのは、先代の紅薔薇さまである水野蓉子さまの言葉だ。だいたいこの時期になると二年生は妹を持てとせっつかれるようで、このあいだも志摩子さんに、妹を作るようにいわれたっけ。

「そろそろ、いいなと思うような子の一人や二人、いないの?」

 と祥子さま。最近はフェイントも使うようになったらしい。ちょっと意外。

「妹を作って早く私を安心させてちょうだい」
「え?あ、はあ……」
「ずいぶん気のない返事ねえ」

 祥子さまがさっきの話を本気にしてるのかどうか、祐巳にはさっぱり分からなかったが、やはり妹が妹を作るというのは、姉にとっては楽しめるイベントらしい。去年の学園祭の前に、水野蓉子さま(と、佐藤聖さまも)が面白がっていたのを、祐巳はふと思い出した。

「あの、お姉さま」
「何?」
「去年もこんな感じだったんですか?」

 一瞬、祥子さまは、きょとんとした目をして、それから志摩子さんと目を見合わせて苦笑した。


      2 火曜の憂鬱



 お昼休み、祐巳は薔薇の館で由乃さんとお昼のお弁当を食べていた。今日はお昼をここで食べるのは二人だけのようで、二人のおしゃべり以外は、気の早い蝉の鳴き声が窓の外からするだけだ。
 食べながら祐巳は、ふと思い出して昨日真美さんから聞いた話を由乃さんに振ってみた。部活動もやってるし、もしかしたら何か知っているかもしれない。
 ひととおり説明を聞いた由乃さん、おもむろに

「要するに、わたしたちに『お願い』しようって盛り上がってる一年生の子たちがいるらしい、ってことね」

と。うー、昨日も似たようなまとめ方されたっけ。

「ふーん」

 由乃さんは、何か心当たりがあるらしい顔で窓の外に目をやった。

「最近、私たちを見ながらひそひそ話してる子たちがいるじゃない?何だろうとは思ってたんだけど」

 さすがは観察の鋭い由乃さん。そんなことがあったなんて祐巳はまったく気づいていなかったのに。思わず尊敬の目で由乃さんを見ると、当人はなぜか不機嫌そうな顔をしていた。

「そういうのって、なんかミーハーっぽくて嫌い。だいいち、私と令ちゃん……じゃない、お姉さまのことをネタにしてるってのが気に入らない」

 そういえばそうでした。自分たちのことを蒸し返されるわけで、当人にとってはけっこうしゃくに障るのだろう。それに、あれは由乃さんと令さまの間だからできたこと、だと祐巳も思う。

「なんだか面倒なことになりそうね」

 由乃さんがお弁当箱を片づけながらぽつりとつぶやくのを聞いて、祐巳は気が重くなるのを感じた。

(由乃さん、エスパーだからなぁ……)


   *   *   *


「あの、紅薔薇のつぼみ、今、ちょっとよろしいですか?」

 教室に戻る途中、祐巳は廊下の入り口のところで三人の女の子のグループに声をかけられた。声をかけてきた真ん中の子もそのほかの子も見覚えはなかったが、たぶん一年生だろう。すぐ隣の一年李組の教室から、ちらりちらりとこっちを見てる子もいたりして、さっきの由乃さんの言葉のせいかちょっと気にはなったが、話も聞かずに立ち去るわけにもいかないし。

「ええ、何かしら」
「祐巳さん」

 ちょんちょん、と肩をつつかれて向き直ると、由乃さんがにこにこしながら言った。

「お弁当箱、よかったらお預かりしますけど?」
「あ、ありがとう」

 差し出された手に空のお弁当箱をのせると、由乃さんは小さくニッと笑ってささやいた。

「気をつけてね。流されちゃダメよ?」
(やっぱりそういうこと?いや、でもそうとは限らないし……)
「では、ごきげんよう、みなさん」

 そういうと由乃さんはさっさと階段を上がっていた。

(薄情者ーーー、せめていっしょにいてくれてもいいじゃないーー)

 心の中で叫びつつ、祐巳は彼女たちの方に向き直った。

「どのようなご用件かしら」

 祥子さまと志摩子さんのイメージを足して半分ぐらいが目標なんだけど、これがけっこう難しい。
 祐巳は、このときようやく、自分を呼び止めた子を落ち着いて見ることができた。真ん中の子は志摩子さんよりちょっと低いぐらいの背丈で、髪は後ろの方で二つに結んでいる。けっこう目鼻立ちがはっきりしてて、雰囲気としては水野蓉子さまを幼くした感じ、か。

「あの、わたし佐伯ゆかりといいます。一年李組です。あの……えと、その……」

 真ん中の子が何か言いにくそうにしているのを、両隣の子が「ほら」「しっかり」と小声でつついてる。この光景、とってもいやな予感がする、するんだけど……

「あのね、もしかして……」
「あのっ! その! 紅薔薇のつぼみ! 私を妹にしてください!!」

 ほぼ同時に口を開いたが、彼女、佐伯ゆかりさんの方がパワーで勝っていた。妹という単語が彼女の口から出た瞬間、まわりからキャーという歓声があがった。李組の入り口あたりからちらちら見ていた子たちも、すべて知った上でことの成り行きを見ていたらしい。

「祐巳さまごめんなさい、今、妹いらっしゃいませんよね? あの、私、ずっと祐巳さまのファンだったんです。その、だから何だってわけじゃないんですけど、祐巳さまのお手伝いとかしたいんです。だから……」

 いったん話し始めたゆかりさんは、もうノンストップでしゃべり始めて、祐巳を圧倒する。なにせこんなハイテンションは、運動会か球技大会でしかお目にかかれないんじゃないかっていうぐらい、この学校では珍しい。

「いや、ちょっと落ち着いて、ね。ゆかりさん」

 名前で呼んだのがいけなかった。もう火に油を注ぐというのはこういうことを言うんだろう、という感じ。

「あの、私ね……」
「祐巳さま!!何やってるんですか!!」

 祐巳が言いかけたところに、見慣れた顔が怒鳴り声とともに現れた。
 松平瞳子ちゃんだ。
 瞳子ちゃんはトレードマークの縦ロールをぶんぶん振るわせながら祐巳のところまで歩み寄り、祐巳の腕をぐんとつかんだ。
 一瞬、歓声が静まる。ハイテンションだったゆかりさんも驚いた顔で瞳子ちゃんを見ていた。

「紅薔薇のつぼみともあろう人が廊下で一年と一緒になって騒ぐなんて信じられません!」
「ちょっと瞳子さん、邪魔しないでくださる!?」
「そうよ、そうよ」
「瞳子さんには関係ございませんでしょう」
「あーもう、関係なくたってよろしいでしょう!」

 何だかもう、火のついた天ぷら鍋に水をかけたような、なんというか大騒ぎになってしまい、祐巳がいくら「静かにして」と言ったところで、もう誰も聞いてくれない。
 あきらめて逃げようかと祐巳が思ったときだった。

「お静かに!」

 シスターが手を叩きながら一喝すると、あれほどの大騒ぎが一瞬で静まり返る。
 靴音を立てながらシスターが近づいてくると、まわりにいた李組の子たちはすーっと道をあけた。

(モーゼの十戒じゃないんだから……)

 シスターの前には、紅海が割れてできた道。その先には祐巳をはさんで瞳子ちゃんとゆかりさん。

「祐巳さん。あなたが付いていながら何を騒いでいるのですか」

 シスターが静かに祐巳を叱責する。本来なら止めなければいけない立場なので、怒られるのは当然だ。

「申し訳ありません、シスター」
「祐巳さまが悪いんじゃありません」
「そうです、最初に騒いだのはこの……この子なんですから」

 瞳子ちゃんは佐伯ゆかりさんの名前がわからないものだから、失礼極まりないことに、指さして非難する。これにゆかりさんもやり返すものだから、また蜂の巣をつつくかと思いきや……

「お黙りなさい」

 シスターが二人をぴしりと制止する。

「わかっています。いきさつは見ていました。祐巳さんは放課後、職員室にいらっしゃい」
「はい……」
「さあ、みなさん。授業が始まりますよ。教室にお戻りなさい」

 予鈴に重なるようなシスターの声に、李組の生徒たちがぞろぞろと教室に入り始める。最後にゆかりさんが教室にはいるのを見届けると、祐巳はシスターに一礼して教室に戻った。
 戻ると、由乃さんが興味津々という顔で「どうだった」と聞いてきたが、祐巳は「別に」とだけ答えた。どうせお見通しなんだろうし、同じ聞かれるなら薔薇の館で話す方が気が楽だったから。


      3 水曜の平穏



 翌日の昼休み、祐巳はふたたび一年李組を訪れた。

「佐伯ゆかりさん、いらっしゃる? 取り次いで頂きたいのだけれど」

 ちょうど教室から出てきた生徒に祐巳がそう声をかけると、昼食後のざわめいた雰囲気が一瞬で静まりかえる。みな昨日の今日ということで、何が起きるかとはらはらしながらこちらを見ている。

「あの、祐巳さま……」

 一瞬場所を変えようかと思ったが、今さらそれを切り出すのもためらわれたし、たぶんこれはみんながいる場所じゃないとダメだからと思い直した。

「ゆかりさん、いてくれてよかった」
「え、じゃあ……」
「先に言っておくわね。あなたを妹にすることはできないの」

 期待に満ちていたゆかりさんの表情が、みるみるしおれていく。

「スールは姉が妹を選ぶものなの。あなたが姉を選ぶんじゃなくて、私が妹を選ぶの。だから、昨日のはだめなの。わかってくれるわよね?」

 昨日の放課後、シスターから諭された言葉の受け売りではあったが、祥子さまが自分を選んでくれたのだという思いがその言葉を支えた。しばらく黙り込んでいたゆかりさんは、ゆっくりと顔をあげて祐巳を見つめた。

「申し訳ありませんでした、紅薔薇のつぼみ」
「ありがとう」

 祐巳がやさしく礼を言うと、ゆかりさんはぼろぼろと涙をこぼし始めた。

「だ、大丈夫??」
「ごめん……なさい……あれ、え……」
(うわ、えーっと、放って帰れないよね、さすがに……)

 祐巳は見かねて、泣きやまない彼女の腕を取って教室を出た。

「こっち来て」

 祐巳はゆかりさんを階段の脇に引っ張っていく。予鈴が鳴った後ということで、ほんの数分前のざわめきが嘘のように人通りはまばらだった。二人きりになったところで泣き止ませるあてもなかったが、なぜか一瞬頭によぎったのは佐藤聖さまの顔。

(ええい、ままよ)

 祐巳はきょろきょろっと周りを見回して、誰もいないのを確認すると、泣いているゆかりさんの頬にキスをした。ゆかりさんは、泣くのも忘れたかのように棒立ちになってしまう。

「え、あ、あの……!!」
「大丈夫?」
「あ、はい。その、ありがとうございます。わたし、秘密にしますから!!」

 その言葉に、祐巳は思わず苦笑した。

「そうね、ありがと。それじゃ私も教室に戻るわね」
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」


   *   *   *


 放課後、薔薇の館。

「じゃあ、昨日の件は、ちゃんとその子に伝えたのね」

 祥子さまが祐巳に確認しているのは、もちろん「妹にしてください」の件。大泣きされたことと、ちゅーしたことは伏せつつ、ひととおり説明すると、祥子さまは満足そうに微笑んでティーカップを口に運んだ。

 ノックの音がしてビスケットの扉が開くと、姿を現したのは瞳子ちゃんだった。

「いらっしゃい、瞳子ちゃん」

 祐巳が声をかけると、瞳子ちゃんはちょっとむすっとした顔をして「ごきげんよう」と答えた。

「まったく、あんなにミーハーな人たち、私知りませんわ」

 何に怒っているやら訳が分からず、祐巳は祥子さまと目を見合わせた。

「だって李組の子たちったら、みんなもう祐巳さま祐巳さまって……しかも、振られたくせに、あのゆかりって子まで。ああ、もう!」


 瞳子ちゃんの不機嫌は帰るまで続き、窓の外では相も変わらず蝉が鳴きつづけていた。




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